家庭の味




夏休みも後少しとなった8月下旬頃、もう宿題も終わり、バイトのある日以外は暇な隼瀬と冬未は、そのバイト休みの度にデートに出かけていた。といってもまだ高校生で安アパート暮らしの2人はそんなしょっちゅう外食とかするわけにもいかず、ただふらふらっと2人で話しながら出かけるだけという日もある。あの時、暁美がくれた大金はまだそのままにして、2人はなるべく自分達の力で生活しようと心がけているのだ。で、この日隼瀬は小さな頃からお年玉などを貯め、高校生になってバイトをはじめて更に蓄えていた分から一部、それでも彼らの年頃にしては大金となる金を切り崩して買った物を冬未にプレゼントしようと決めた。




熊本交通センタープラザ 観音の泉前広場



久しぶりにこの地下の商業施設に2人で買い物にきて、ここで少し休憩しようといったところ、徐に隼瀬は冬未の前に跪く。



「ちょ、隼瀬?」



そして彼は周囲のなんやなんやと言う視線を感じ取りつつも、そんなのはお構い無しに冬未の目だけを見て、小さな箱を取り出して口を開く。



「冬未、プロポーズは先越されたばってんこれ・・・」



そう言って、その小さな箱をパカッと開けてみせる隼瀬。その瞬間、昔の事を思い出して、あの時の約束・・・いずれ本物をというその約束を今、隼瀬が果たしてくれていると分かって瞳を光らせながら、その本物の婚約指輪を通してもらって、周囲の視線も気にせず隼瀬に抱きつく冬未。



「隼瀬、あんたいつの間に・・・」



「まあ僕もびっくりさせたかったけん、姉ちゃんにも協力してもろてね。それに12年前の約束破るわけいかんたい」



「隼瀬・・・愛してる」



「僕もよ、冬未」



そして、若いカップルのそんな光景に周りからは祝福の拍手が送られる。



帰宅後



「そぎゃん喜んでもらえてよかった」



ずっと左手の薬指に光る指輪を眺める冬未を見て、隼瀬も心底嬉しそうだ。



「だってそらそうたい。ちゃんと婚約したんやって証だし」



「そっか、まあまた結婚指輪も別でちゃんと考えとるけん心配せんちゃよかけんね」



「なん、そぎゃん全部してくれようでち思わんちゃよかたい」



「冬未・・・」



「またそん時考えよ、ね」



「うん、てかもうずっと僕達夫婦んごたもんだしね」



「そうねえ、で、今日のご飯何?」



「今日はね、ハヤシライスとサニーサラダよ」



「おお、よかね。てか私もせっかくお義母さんに色々教えてもろとって結局いつも隼瀬にしてもろてごめんね」



「んねんね、僕の料理美味しそうに食べてくれる冬未好きだし」



「言うねえ、ばってんあんたが料理ないつも美味すぎて最近太ってきた気する・・・」



「なーん、僕達まだ成長期なんだけん」



「そ、そうね。じゃあいただきまーす!」




元々、大食漢なこの2人だが、この年頃になると更に食べる量が増えてきて、成長期のせいと言い聞かせて好きなだけ食べているわけだが、それでも食費は月に4万円程で収まっているのは、隼瀬の倹約術の賜物である。そして、結構運動もしているので、隼瀬が大丈夫と言うようにそれほど太る事はないのだ。



「やっぱ美味いわ。ばってんさ、ハヤシとかカレーとかって市販のルー使えば同じ味になるはずばってんなんで家庭で味違うんだろね」



「あー確かに。うちのと冬未ん家のと見よったら作り方変わらんとに微妙に違うもんね」



「ね、作り手の愛情とかやっぱあるんかな。ならこら「家の味」って事よね」



「この家の味?」



「うん、隼瀬の味。いずれ子供が出来たらその子にとってもパパの味がこん家の味」



「そっか、そんで子供の為にとか考えて作るの大変なりそうばってん、なんかよかね」



「隼瀬、子供好きだんね。ご近所の沙羅と千寿も実咲もあんたたいぎゃなかわいがっとるたい」



「まあ僕ずっと下の子欲しかったし」



「あー、まああんたとお姉ちゃんが歳離れとっとも、色々あったけんてお義母さん言いよったしね」



「そうそう、だけん沙羅とか実咲達がにーにてよってきてくれてなんか嬉しくて。てかあん子達なあんたにも懐いとったい」



「ばってんやっぱあんたのがかわいがってやっとるごた感じするし。まあ私も我が子ならまた違うとだろばってん」



「そうねえ、子供か・・・」



いつになるかは分からないが、その「家族」の形をどうなるんだろうと想像する隼瀬であった。

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