第5話 ギョウザ
「ねえ、えりりん。夏目君って、イケメン設定だけれど、きっと田沼君もそうだよね」
「は? どこの話?」
台所で、モーレツに野菜を刻んでいた。夕日が差している。
「『夏目友人帳』の。エリーゼ的には、田沼君のが好み!」
えりりんは、鼻で笑った。
「お前なあ、寺の嫁なんか、死ぬほど人づきあいしなきゃなんだぞ」
「おおう…」
現実に、目が眩む。
「と言うか、剃髪の田沼君…」
遠い目をする。
「なあ。前髪切っただけで、作者に苦情の手紙が来るのになあ」
「でも、要がお寺を継がなきゃ、家を追い出されるんだよ! そして、また廃寺!」
しばし、夢中になって、ギョウザのタネを皮で包む。
「なんか、でも、本当に結婚したかったら、若いお坊さんは常にお嫁さん募集中らしいよ。この近辺のやつらは」
ぼそっと、えりりんが呟く。
「いや、えりりんがお前には無理だって、言ったんじゃん?」
「いや、ねえ…。だって、他にお前と結婚してくれる男がいるのかよって話じゃん」
「んーっ!」
えりりんが包んだギョウザを奪う。全て美味しく焼いてやったぜ。
二人で、ぱくぱく食べる。
「え、お前、他に嫁に行く当てがあるの? 今時、婚約者とかいるの?」
「婚約者って…」
何を言っているのか知らんという顔をしたら、頭にチョップされた。
お土産にたっぷりのギョウザを持たせて、えりりんは帰宅したのだった。
探偵小説を読みすぎて、脳味噌がもわあんっとしてきた時には、野菜を刻むに限る。ギョウザ作りはついでである。えりりんも、食べに来てくれるし。
腹がくちくなって、目がとろんとしてきた。
ああ、駄目だ。こんな半端な時間に寝てしまっては、夜が大変なことに…。
結果、夢の世界に。
うん、やっぱり、にんにくは地元のが高くても美味しくなるのだ。くさいのが、美味しいのだ。ああ、めくるめく惨殺死体…。探偵は美形で、性格悪いのが最高…。
……。
ん?
誰かが、部屋に…。じっちゃかな?
私は、人工呼吸された。いや、と言うか…。いや、うん、ないない…。そう、これは、夢…。
そう、もう寝ましょうね。
すっかり日が落ちて、私は目覚めた。
「はい?」
隣には、祖父の不倫相手が眠っていた。まさかの舞台と同じ着物…。と言うか、もともと私の…。うん、なかなかの美少女である。あれ? 紅が…。
私は、上半身を起こした。自分の唇を指で拭う。あれ? 紅が…。意識して、まばたきを繰り返す。
窓外に目を遣る。
そう言えば、昔、こんなことがあったような…。
うん?
首を傾げる。
何だっけかな…。
片手をつき、隣人の顔を覗き込む。
そこで、ぱちっと目が開く。寝起きなのに、何と機敏な動きだろう。がばっと、小さな手で引き寄せられる。本日二度目の…。
キス。キス…?
いや、だって、女の子で…。ああ、もう、せっかくギョウザ作ったのに!
私の頭は、再び、混乱した。
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