第6話 婚約者とな

 常々、養父からは「萌えを提供するように」と強く言い聞かされて育ってきたのだった。

 いや、萌えって。息子から父に差し出す「萌え」とは一体…。

「お前とは血も繋がっていないのに、親子揃ってたいして美男でもないものなあ…」

 そう言って、父は深い溜息を吐いたものだった。

 いや、養子なんだから美少年を貰えば良かっただろうにと、言葉には出さずに、静かに顔に出す。

 父は、馬鹿かという顔をした。

 どうも、美陰みかげ学苑というところで、赤ん坊は断固拒否という塩梅になったらしい。というのも「荘司しょうじさま」が不在らしくて…。

「だからね、月岡つきおか学園でおぎゃあと生まれてきて、幼児になるまで女子校で育った男の幼児はお前が初めてなのだよ」と言う。知らんがな。

 母であるところの少女は、自分を産んですぐに亡くなってしまったらしい。さすがに最近では、子育てをする意志がなくては、出産は許されないらしい。しかし、死人である。美陰学苑のほうでも赤子を以前のように引き取ってはくれなくなってしまった。苦肉の策だったのである。

 いい加減もうある程度はこの子も自立しただろうという頃合いになって、自分は坂木秀明さかきしゅうめいの子供となったのだった。それも、月岡学園で勤める医師、石矢世津奈いしやせつなが、坂木秀明に押し付けた形である。

「小説家になって、お金と暇を持て余しているのだったら、社会貢献として、子供の一人も育てなよ」

 小説家は、簡単に承諾した。

「だって、が可愛かったから」

 京都に住む美少女。その父もなんとも愛らしくて、まるで年の離れた仲良し兄妹みたいなのだという。それこそ、知らんがな。

「顔はどうにもならないが、もう少し子供らしくはしゃいでみてもよかろうに」

 父は、うんざりした顔をする。一体全体、自分は「きゃぴきゃぴ」からは孤立無援なのである。

「じゃあね、可愛い子でも見つけてきなさい。人生が変わるから」

 自分を膝の上に乗せて、父は呉碧くれあおいの写真や作品を見せてくれた。

「この人、だあれ?」

「くれあおい。私の最初の奥さん」

「えっ、せつなは?」

 本気で、焦った。せつなは、二人目の奥さん。父は、噛み締めるように言う。

「この人はね、おなかの中に赤ちゃんができて、自分のお母さんに赤ちゃんを見せるんだって、まあ、それっきりだね」

「……。はあ?」

 変な顔をした。

「だったら、お父さんは、自分の本当の子供なのに、会ったことないの?」

 後ろを向く。髪をぐしゃぐしゃにされる。

「そうなんだよね。まさか、知らないうちに、弟ができたと知ったら驚くだろうね」

 そこで、にっと笑う。なんということはない。自分の存在は、ただのサプライズだったのだ。

 そうして、自分はのぞみちゃんと出会った。ちびっこ男子、萌え萌えである。可愛らしい男子なんて、せつな以外にもいたのか。日々のなんか諸々は、全てのぞみちゃんから吸収していた。なのに、ある日、のぞみちゃんは言った。

「今度、中学に上がったら、婚約者を連れてきますね」

 ……。持っていたハードカバーの本を足の上に落とした。

「婚約者、とな…!?」

 嵐の予感しかしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る