第4話 ヤケ読書

 頬を膨らませていると、えりりんが人差し指で突っついてくる。

「どうしたの、エリーゼ。こんなヤケ酒ならぬ、ヤケ読書したりして」

 壁ドン。正確には、書架ドン。

「あっ、えりりんったら、イケメン」

 ぽっと頬を染める。えりりんが座ってないほうの、円柱形のソファを眺める。本が山積みである。

「その…。じっちゃが、盗られたの…」

 思ったよりも、低く暗い声が出た。

「えっ、不倫? エリーゼのじっちゃ、やるなあ!」

 今日いちばんの食いつきである。館内が、ざわつく。

 場所を移す。自動販売機のあるコーナーである。

「あのね。今日、文化センターで日舞の発表会があったの。で、知り合いが出ているから、エリも一緒に観に行きましょうって、じっちゃが。で、いざ、会場についたら、じっちゃが居ないじゃない?」

「あ、ごめん。長くなるなら、飲み物買ってきてからで良い? おごるからさ」

 そう言えば、情緒不安定をこじらせて、喉が乾いていたのだった。えりりんは何も言わず、ファンタのグレープ味を手渡してきた。よく解っている。辛い時には、炭酸なのである。

「で?」

「うん…」小さく頷く。「えりりんの言う通り、不倫かもね…。じっちゃったら、他所の女の為に、三味線弾いでらったすけ…」

 あ、きっと、今の私の顔はやばいな…。えりりんは、見慣れているのだろうけれど。私は、館内のあちこちにあるガラスから意識的に目を逸らす。

「まあ、飲めよ。っていうか、エリーゼ、重っ!! お前には、じじいしか居ないのかよ」

 私は、顔を上げて、鼻で笑う。

「知らねえのが。えりりん。エリーゼだっきゃ、ほぼ年上の女に嫌われるんで? 男からは、ほぼ優しくされるけど…」

「うん、そういうところだよ? マジで」

「だって、保育所の先生とか、幼稚園の先生とか、それ以外に優しくされた記憶ないもの! あ、小一の時の女の先生は、新卒だから優しかったなあ。他は、みんな、エリーゼは愛嬌がないだの、泣けば許されると思ってるとか。だって、泣けてくるんだから、仕方ないじゃん! え、何、全部、エリーゼが悪いの?」

 いつものことなので、えりりんは両手で、たこみたいな頬を包んでくれた。

「私に言うんじゃねえよ。嫌なことされたら、その時、相手の女に言えよな」

「だがら、それが、でぎねえし…」

 みるみるしょっぱい涙が流れ出してくる。

「大丈夫だって。お前の愚痴くらい、私が聞いてやるさ」

 えりりんは、私の肩を抱いた。何なの、このイケメン。

「結婚して!」

「それは、ごめんなさい。いや、本当にな」

「ツンデレ~」

 はしゃいでいると、未開封のジュースの缶でぶん殴られたのだった。

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