第2話 約束
エリなんて、ありふれた名前だと思っていた。
でも、そうではなくて、エリお姉ちゃんの「エリ」とは愛称だったのだ。
公園で知り合ったおじいさん。しわしわの手で、いつも頭をなでてくれた。おじいさんには、エリという名前の孫がいる。小さな子供には、小さな子供の話をするのが良いと思ったのだろう。いろんな話を聞かせてくれた。
エリお姉ちゃんは、とても忙しい小学生だ。
小学校から帰ると、毎日、違う習い事が待っている。だから、土日も習い事の関係で、検定試験や試合、発表会なんかがある。
それから、おじいさんの息子で、エリお姉ちゃんのお父さんに当たる人は、エリお姉ちゃんに負けないくらい忙しい。仕事で全国を駆け回っているのだそうだ。それでも、月一回は、どうにかして家に帰ってくるように努力している。エリお姉ちゃんは習い事で忙しいので、土曜日か日曜日の朝早くか夕方頃に家に戻るようにしている。
だから、話に聞いて良く知ってはいても、実際にエリお姉ちゃんに会ったことはない。まず、自分も小さいから変な時間に遊びには行けない。次に、久々に会うお父さんとの時間を邪魔したくはなかった。そう伝えると、おじいさんは、「大きくなったら会いにおいで」と言ってくれた。嬉しかった。
「のぞみちゃんが、エリの高校の附属中学に合格したそうだよ」
初め、祖父が誰のことを言っているのか解らなかった。ぽかんとしていると、説明してくれた。
「私の友人の、のぞみちゃんだよ」
そう言われてもなあ。随分、若い友人がいるねとしか感想が浮かばない。頭を傾けたほうの肩に手を置かれる。
「ああ、懐かしいなあ。確か、僕とエリに遠慮して、なかなかこの家に来なかった子ですよね」
父の話を聞いて、ようやく何かを思い出しかける。
「なあんだ。お父さんが大学ではまだぺーぺーだった頃の話か。それじゃあ、私、覚えているはずないよ」
「あの頃は、良かったなあ。給料は安くても、自由に全国を回れたものなあ」
母が笑っている。思えば、あの頃、私は毎日が充実していた。だから、寂しいと感じる暇などなかった。父は寂しかったかもしれないが、満足のいく仕事ができていた。
「大変だったんだね。お母さん」
はっとした顔をする。目尻を拭い、微笑む。母国語で、ありがとうと呟く。私には、異国の血が流れている。クラスに私と同じ髪の色の人はいない。それでも、私は自分を日本人だと信じている。この国で生まれ、この国で育ってきたからだ。
「のぞみちゃんか。私も、会ってみたいな」
ぼそっと呟く。すかさず、祖父は言った。
「よし、今からおじいちゃんと見に行こうか」
「会う、じゃなくて?」
私は、首を傾げた。
「これから、発表会だからね」
祖父は、意味ありげに笑ってみせた。
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