のぞみとエリ

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話 出会い

 鈍い音がして、ほどなく涙が滲み出る。

 あとがつくほど、畳に頬を押しつける。いぐさの優しい香りがして、頭の痛みを慰めてくれる。頭の位置を固定したままで、手を伸ばす。とんぼ玉を回収していたのだが、何かに手が当たる。一緒に握り、机の下から退出する。上半身を起こし、てのひらを開く。ガラスとは違う輝き。一旦、とんぼ玉をケースの中に戻す。宝物がたくさん入ったかばん。手鏡を取り出す。鏡の中の少女は、ひどく緊張している。口元をきつく結び、自分に向かって頷く。

 勢いよく障子を開け放つ。母のサンダルを履いたところで、縁側に誰か居るのに気付いた。私は表情を緩めた。気持ちよさそうに寝息を立てている。

 どこの誰だろう。自分よりもとても小さな子供。

 絵本に出てきそうなふわふわの髪の毛をしている。タオルケットから覗く、小さなセーラーカラーがよく似合っている。握りっぱなしで汗だくになった口紅。縁側に腰掛け、唇を突き出す。小さな唇には、口紅は大きくてはみ出してしまう。手の甲で、拭う。改めて、鏡に目を遣る。ぱあっと表情が明るくなる。にこっと笑ってみせる。駄目だ、抑え切れない。縁側に手をつき、目を閉じる。

 そろばん教室から帰った後で、祖父に聞いた。縁側に寝ていたあの子は、のぞみちゃんというらしい。初めての幼稚園で緊張していたのだろう。家に帰る時になって、お母さんの顔を見るなり泣き出してしまった。帰り道で、祖父と出会う。実は、祖父とのぞみちゃんは顔見知りらしい。公園で度々、顔を合わせるうちに意気投合してしまった。そんな仲なので、泣いているのぞみちゃんを気の毒に思ったのだろう。友人の家に初めて招かれたのぞみちゃんは、大層、喜んだだろう。お母さんと私の祖父に笑顔を見せると、そのまま眠ってしまったのだそうだ。

「良かった」

 祖父の話を聞いて、安堵の言葉を口にする。祖父が訝る。

「せっかく気持ちよさそうにお昼寝しているのに、起こさなくて良かったなあと思って」

 祖父は、私の嘘を簡単に信じてくれた。

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