第3話 青い花
目を覚ますと、ベッドにいた。
いつも見ては、ため息を漏らす白い天井は今日も、カーテン越しの陽射しに照らされている。
けど、私の気分は少し良かった。
昨日の余韻がまだ消えていないから。
今日はいつもより勉強が進みそうだ。
それにしても、ほんとうに昨日の出来事は夢のようだった。夢のよう……
って、サリアは────
サッと上体を起こすと、近くに説明書の図解で見たソファのような物に座り、眠っているサリアを見つけた。
夢じゃない……!
ホッと安堵し、胸を撫で下ろす。
昨日の夜、両親が充電器を持ってきてそこに、置いてくれたのかな。
見るからに結構重そうで、私が眠っている間の苦労を想った。 申し訳ないな。
確か、充電が完了すると目が覚めるから、今は寝かせておこうか。
ふと、人間みたい。なんて考えながら一階のリビングへと向かう。
階段を降り、両親と挨拶を交わすと、洗顔とうがい、歯磨きを済ませてそのまま食卓へと向かう。
テーブルに置かれた目玉焼きとベーコン、ご飯、サラダたちは柔らかな朝日で輝いている。
いつもより少しハッピーな気分が胸から湧き上がってくる。
椅子に座ると、両親がにこやかに話し掛けてきた。
「サンタさんからのプレゼント気に入った?」
朝いつの間にかベッドにいたこと、サリアがソファに座って眠っていたことを思い起こし、分かりきったことをと思いながら「うん。気に入った」と返す。
「良かったわ」
母親が微笑んだ。
ふと思う。こんないい気分で喋ったのはいつぶりだろう。
私が不登校を続けているという状況そのものは変わりないのに、サリアのおかげだろうか。
少し心が軽かった。
まぁ、学校に行って両親を喜ばせられていない現状がある以上、一時的なものなんだろうとは思うけど。
きっと、サンタさんが心にスペースを作ってくれたんだろう。
そう思うと、サンタさんには感謝しても仕切れない。これまで以上に頑張って皆に胸を張れるようになったら、会ってありがとうを言おう! 絶対に。
そう心に
「そういえば、サンタさんにお礼言った?」
「言ったよ。 笑顔になってくれたなら良かったって、喜んでたよ」
「良い人だ」
ますます頑張らないと、と思えてくる。
「そうだな」
何故か父が照れ臭そうに言うと、母が微笑んだ。
「写真は?」
「はい」
母はそばにある鞄から写真を取り出した。
左右でピースする両親の真ん中に写る、グッドサインをキメる大きな白い袋を担いだおじさん。
この特徴的な赤い服に白い髭は間違いない──
舞い上がるような気持ちが胸を満たしていく。
「おー! 絵本で見たまんまだ……」
「それ、私も初めて見た時思ったのよ」
「凄いなー。 私も会ってみたい……! ──あ」
ふと口をついて出た言葉に驚いていると、母が微笑んだ。
「来年、お願いしてみる?」
「え!!?」
予想もしないような言葉に、つい驚きを露わにするエリカ。
「もちろん、来年いい子にしてたらの話だけどね」
そうウインクを飛ばす母──────
「……ちょっと今から勉強してくるね!」
私はいてもたってもいられなくなり、つい心の底から湧き上がる衝動の赴くままにフレンチトーストを食べ終えた。
急いで自分の皿を洗うと「走ると危ないよ」と声を掛ける母に構わず、二階へと向かった。
胸を張れるようになる為の準備をもっと早くしなきゃいけなくなった。
頑張らないと。 このままだと、どんな顔して会えばいいか分からない。
来年なんてすぐだがら、今からでも頑張らないと! 会って気持ちよくありがとうを言うためにも!
そうして、二階の部屋に入って近くのソファ型充電器に座るサリアを流し目でチラリ、寝ていることを確認すると、勉強机に置いたままの学習ノートにシャーペンを立てた。
程よい緊張感とやる気、気分の良さが手伝ってか、勉強がスラスラと進んでいく。そして、二時間ほど経ったところで、ペン一本が走る静謐な空間をサリアが破る。
「おはよ! 充電が完了したよ!」
思わず肩をビクりと上げ、「あっ、おはよ」と気の抜けた声を返すエリカ。
サリアはハッと驚いた表情を浮かべると、両手を口に、申し訳なさそうに目を歪めた。
「もしかしてビックリさせちゃった?! ごめんね!」
「大丈夫。 ちょっと集中してただけだから」
すると、サリナはソソソっとエリカの元に駆け寄り、学習ノートをぐあっと覗き込んできた。
「今、勉強中?」
「うん」
「手伝おうか?」
「……お願い!」
「オッケー! 今日はどこか……」
「あと……勉強終わったら、お話……したい……」
張り切るサリアを遮るように私は勇気を絞り出した。
「いいよー」
「ありがとう! ……あ、さっきは遮ってごめん」
「全然気にしてないよ! ところで、先ずは勉強ってことだけど今日は、どこからやるの?」
「えと──」
✽
昨日の夜─────
勉強に付き合って欲しいと言った後、サリアは、優しくかつとても分かりやすく、覚えやすい語感で流れるように教えてくれた。
あまりにも分かりやすかったから、普段三回見返しても少し不安な所を、二回聞けばほぼ完璧に覚えることが出来た。
あの時、私は、背中に小さな羽が生えたような感覚さえ覚えた。
まさに小学生ながら勉強範囲を中学の領域へと伸ばした時以来の、感覚だった。
サンタさんには、更なる感謝を胸に抱いた。
「凄いねー!グングン進んでく!」
「ありがとう。 サリアのおかげだよ」
「いえいえー」
「あとは見返しをして……と」
六ページも進んだ。 これまでの進歩記録を1ページ上回ったという事実はもちろんの事、隣に人(サリアはアンドロイドだけど)がいて教えて貰いながら、勉強をするということ自体、かなり久しぶりで心が暖かくなった。
私、今こんなふうに勉強出来ていいのかな。なんかふわふわとして落ち着かない、ほんとに夢だったりしない?
頬を抓ってみると、じんわりとした痛みが残った。
するとサリアは、何かを提案するように視線を斜め上に動かし、人差し指を自身の口の前で立てた。
「あ、見返しが終わったらちょっと休憩しない?」
「え? 休憩?」
思わず私は、間抜けな声を出した。
「私、エリカと色んな話がしたいんだ。 エリカのことをもっと知りたい」
少し謎めいた雰囲気だ。
「サリアって、ほんとにアンドロイド?」
私の中でのアンドロイド像からかけ離れているという思いは、届いた日からあったが、休憩を促しては話がしたいなんて言い出すのだから、より疑心に拍車が掛る。
すると、サリアはにこやかな笑顔をこちらに向ける。
「うん。 紛うことなきアンドロイドだよ! 腹でも開けて証拠出そうか?」
「そ、そんな事しなくても分かってるよ。 配布アプリ入れてるし」
「そうだったねー! じゃあなんで訊いたの?」
「何となく」
すると、サリアは納得した様子で微笑んだ。
「なるほどねー! 面白い!」
何が面白いかはさておき、相変わらずサリアは人間と限りなく近いくらい精巧に作られていて、昨日と今日で驚かされてばかりだ。
あ!!!!!
そこで私は閃いた。 人間に限りなく近い人型アンドロイド。
見た目は勿論、話し方もかなり、ふとした時、どっちか分からなくなって不安になるくらい────
てことは、もしかすると、会話を重ねていくことで人間関係に必要なコミュニケーション力を高められるかもしれない。
そうしたら、きっと学校に行くのも怖くなくなって、勉強も昨日のペースが続けばきっと、中学のテストで苦労しない。それどころか、頼れる優等生になれたりして、いや、飛び級とかしたりして。
私はより燃え上がった。
私は「そういえば」と前置きして、サリアに質問する。
「サリア、私サリアと上手く話せるようになったら、学校の皆とも上手く話せるようになるのかな」
すると、サリアは不思議そうに首を傾ける。
「うん。 私人間に近いからまあそれなりには。 悩み事?」
「うんちょっと、学校に行けてなくてね」
「その話、聞いていい?」
「うん。 ありがとね。 ええと、私……」
クリスマスプレゼントが届くまでの日々を、簡単にまとめて話すと、サリアは少し悲しそうに微笑んだ。
「それは辛いね。 今まで良く耐えた」
「うん。 ありがと」
打ち明けられたことで肩の力が抜けたからか、
私が嗚咽を上げている間、サリアは肩を抱いていてくれた。
そして、涙が収まり話をする前に、見返しを急いで済ませていると、安心したからか眠気に襲われ──────────
気付けば朝になっていた。
✽
「よし。 後は見返しして……」
「ファイト!」
サリアがそばで教えてくれたこともあり、今日も六ページ進んだ。
そして、見返しを済ませたところで、「終わったー。 じゃあ、サリア、お話しようか」と私は切り出した。
サリアは「オッケー」と、微笑んだ。
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