第7話 姉と妹
キョウが転がり込んだ当日、さっそく事件が起きた。
「うわぁああんっ!」
キッチンで夕飯の準備をしようとしたところで、サトの泣き声が家中に響き渡る。
何事かとリビングへ戻ると、床に座り込んで泣きじゃくるサトと、冷たい目で彼女を見下ろすキョウの姿があった。
「おい、キョウ――」
「悪いけど、アンタにお姉ちゃんって呼ばれる筋合いは無いわ」
「ふえぇえええ……!」
鋭い眼光と高圧的な態度を浴びせられ、サトの顔がさらに涙でぐちゃぐちゃになる。それでもキョウは睨むのを止めないので、慌てて僕が間に入った。
二人を宥めつつ事情を聞いてみれば、どうやら何も知らないサトがキョウに話しかけたらしい。
「つまり挨拶をしたものの、思いっきり拒絶されて泣いてしまったと」
「ちょっと日南さん!? 貴女、どうしてそんなことをっ……」
明るく愛想の良い普段のキョウからは想像もできないような豹変っぷりに、ベルナール先生も驚いた声を漏らす。
「私、子供だからってのほほんとしているやつ、大っ嫌いなんだよね」
「だからって、初対面の子を相手に取っていい態度じゃないでしょ!?」
ベルナール先生がピシャリと叱りつけると、キョウは不満げな顔で舌打ちをした。
だけどそんな態度を先生が見逃すはずもなく。
「みんなで仲良くできないのなら、アタシの家から出て行ってもらうわ」
「……それはイヤ 」
キョウは少しだけ表情を強張らせ、ぷいっとそっぽを向いた。
それはまるで、思い通りにならなくて癇癪を起こす子供のよう。
――さて、どうしようか。
先生の言う通り、このメンツで一週間も過ごすのは不安だ。
やっぱりここはキョウに諦めて帰ってもらうしかないかな。
そんな事を考えていたら、彼女が横目でこちらをチラチラと様子を窺っていた。
僕と視線が合うと小さく「うっ」と呻いて、髪型が崩れそうなほど頭をガリガリと掻いた。
「わ、分かったわよ。私が悪かったわ」
ようやく自分の行いを反省したのか、キョウはバツの悪そうな顔でサトに謝罪した。
「サト、ちゃん。ごめんね。お姉ちゃん、ちょっとビックリしちゃって……」
「ひぐっ……あぐ、ぅう……!」
「ほらっ! もう泣かないでよ。仲直りしよう?」
キョウから差し出された手を取りながら、サトはコクリと頷いた。
そんな二人を眺めながら僕はホッと安堵の溜め息を吐く。先生も隣でやれやれと肩をすくめていた。
「まったく、どうなるかと思ったわ」
「……すみません」
「え? どうして水島君が謝るのよ? それにしても……」
ベルナール先生は必死でサトをあやすキョウを見ながら、「ふふっ」と笑いを零した。
「なんだかこうしてみると、水島君よりも二人の方が姉妹っぽく見えるわね。なんだか顔立ちも似ているし。アタシには姉妹が居ないから、ちょっと羨ましいわ」
独り言のように呟きながら、先生はキッチンへと向かっていった。
それをしっかりと聞いていた僕とキョウは、お互いに顔を見合わせる。キョウの頬が僅かに赤くなっているのを見て、僕は思わず吹き出してしまった。
「は、初めまして。ケイお兄ちゃんの妹のサトです」
夕食の時間になり、食卓に四人が揃ったところで自己紹介が始まった。
少し緊張しているのか、サトはおずおずとした様子で頭を下げる。
そんな妹の様子を微笑ましく思いながらも、僕は彼女に注意を促すことにした。
「ほらサト、挨拶するときはちゃんと顔を上げて……」
「あー、いいからいいから! 水島君、あまり細かいことを言わないであげて」
「ですが……」
僕が心配していると、ベルナール先生はサトの背中を優しく叩いて励ました。
「アタシは教師として、親御さんから子供を預かっているのよ? そんな子の不安を取り除くのも先生の務めだわ」
だから大丈夫。彼女はそう言って、優しい笑顔を浮かべた。
そんな先生の姿を見ていたサトは、安心したように胸を撫で下ろしていた。
「サトのは嫌われても大丈夫です……でも、ケイお兄ちゃんとは仲良くしてあげてください。お兄ちゃん、家だとずっと暗い顔ばかりしてて……」
「お、おいサト!?」
「お兄ちゃんは好き嫌い多いし、トマトだって見たくもないって言うけれど……サトには優しくしてくれるし、良い人なんです」
ハンバーグプレートの脇に添えてあるミニトマトを指差し、サトは必死に訴えかけた。
……サト、それは言わない約束でしょ。
「サトのお願い、聞いてくれますか?」
「ふふっ、もちろん! 水島君とは仲良くするわ」
先生は笑顔で頷いて、僕の方を見た。その顔は『よろしくね』と言っているようだった。
僕は苦笑いを浮かべながら、妹の頭を軽く撫でてやった。
「ケイくん、もしかしてまだ……」
「……うるさいな。トマトの中身がぶちゅっとした感覚が、どうしても無理なんだよ」
「やっぱり……」
「なに? 何か嫌いになった理由があるの?」
ベルナール先生が不思議そうに問いかけてきたので、僕は慌てて首を左右に振った。
「あ、いえ! なんでもありませんよ!」
先生はともかくサトに知られたら面倒なので、僕は誤魔化すように両手をぶんぶんと振る。彼女は面白くなさそうな顔をしていたけれど、すぐにニヤリと口角を上げた。
「ふぅん、二人だけの秘密なんだ……まぁいいわ。じゃあ水島君の代わりに私が食べてあげる」
そう言って、先生は僕のお皿に置かれていたトマトをひょいと持ち上げた。
「あ、ちょっと先生!?」
僕が止めるのも聞かず、先生は躊躇なく口の中に放り込む。
「ふふっ……トマト、とっても美味しいわよ」
「うわ……」
恍惚とした表情で咀嚼している。
僕が唖然としていると、先生はゴクンと喉を鳴らして飲み込んだ。
「ふぅ……ごちそうさまでした。さぁサトちゃんも遠慮せずに食べてね」
そう言って彼女は何食わぬ顔で自分のハンバーグに手を付けていく。キョウもサトも平気そうに食べてしまったので、僕はそれ以上何も言えなかった。
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