第6話 幼馴染、来襲


 無断でやってきたキョウを迎え、僕たちはリビングへと戻ってきた。


 テレビの前に彼女を座らせ、テーブル越しに僕と先生が尋問を開始する。

 大きなサングラスを外して頭を下げるキョウに対し、先生が口を開いた。



「日南さん……まさかとは思うけど、ただ遊びに来たってわけじゃないのよね?」


 キョウの隣に置かれた旅行バッグをチラッとだけ見たあと、先生はニッコリと微笑む。だけどこめかみがケイレンしている。美人が笑いながら怒るって、中々に怖い。



「いやー、教師と生徒が同じ屋根の下で二人きりなんて社会が許しませんよ! だからこれは私の願望ではなく、二人の世間体を守るために――ったぁ!?」


 おっと、反射的に腕を振り下ろしてしまった。

 頭を叩かれたキョウは涙目で僕の方を睨んできたけど、今回ばかりは反省してもらいたい。いくらが外見が美少女でも、やってることがあまりにも恐ろしいんだよ。


 だいたい、コイツはどうやってベルナール先生の家を知ったんだろう。

 キョウは僕の家を知っているし、僕たちの後をこっそり付けてきた?



「……? なぁに、ケイくん。私の顔をジロジロ見て。そんなに可愛い?」

「まさか……いや、なんでもない」


 僕のスマホに細工をしてないよな?

 常に監視されていたら、トラウマじゃ済まないぞ。


 ……うん、本当にやりかねないし考えたくもない。

 友達を警察に突き出したくないしね。



「はぁ……これは帰れって言っても無駄みたいね」

「さっすがヒビキちゃん! 生徒のことよく分かってるぅ~」

教育的指導されぶん殴られたいの?」

「もー、冗談だってばぁ」


 キョウは来るときに買ってきたらしいカップアイスを開封しながら、てへへと笑う。

 よくこの状況で食べようって気になれるなぁ……。



「……ところでキョウ」

「なぁに、ケイくん」

「あの強情なお父さんをどうやって説得したの?」


 ふとそんな疑問を漏らすと、プラスチックスプーンを持つ彼女の手がピタリと止まった。


「それって正直に言わないと駄目かな?」

「当たり前でしょ? もし問題になったら、先生にどれだけ迷惑がかかると思っているのさ」

「日南さんのお父様は、そんなに厳しいお方なの?」


 キョウのお父さんは警察官をやっていて、決まり事にとっても厳しい。

 彼が決めたルールは絶対厳守で、キョウも逆らうことはできない。普段学校では自由奔放な彼女ですら、父親の前では完璧で従順な優等生を演じるほどだ。


 ここ数年は会っていないけれど、もし相変わらずならあの人が男と一緒に寝泊まりなんて許すはずがない。



 そう説明すると、先生は驚きの表情を浮かべた。

 学校では授業中に化粧をしてスマホを弄ったり、制服は着崩したりとやりたい放題だしね。



 でも思い当たる節があったのか「そういえば……」と目線を上に向けた。


「公園のお手洗いで、メイクや身嗜みを直してから帰っていたのは……」

「男に媚びるような恰好をするなって、パパからキツく言われてるの」


 本当はもっと堂々としたいんだけどね、とキョウはうんざりした様子で溜め息を吐いた。


 彼女が変なところでマメなのも、お父さんの影響なんだろう。

 さっきも玄関で靴をしっかり並べていたし、今も正座でちゃんとしているし。


 反抗する気も起きないほど躾られているのは、僕も昔から傍で見ていた。



「それで、どうやって説得したの?」

「そりゃあもちろん、正直に言っただけだよ」


 キョウはニヤリと悪い笑みを浮かべながら、旅行バッグの中から数冊の本を取り出した。表紙には課題集と書かれている。


 まさかと思うけど……これを持って交渉したのかな?


「『お願いパパ! 一週間だけでいいから、先生の家で勉強合宿させて!』ってね」


 ……うわぁ、何て小賢しいんだ。

 僕はドヤ顔をしているキョウを冷ややかな目で眺めながら、心の中でドン引きしていた。


 先生も額を手で押さえ、「アタシの家で勉強合宿ね……」と溜め息を吐いていた。



「これで堂々とケイといられるね! グヘヘ……」


 ――いや、お前のその言動が一番の問題なんだけど!?

 どうして僕が許可する前提で話を進めるんだよ……。



「どうする? 水島君」

「あー、まぁ大丈夫です。先生は……」

「アタシはもう、考えるのを放棄したわ」


 あはは、と乾いた笑い声を上げる先生。もはや同情心しか湧かない。

 こうして僕らはベルナール先生の自宅で一週間、寝食を共にすることになったのだった。


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