第4話 喫茶店デート


「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 目の前にはベルナール先生が奢ってくれたアイスティーが置かれている。

 この細長いグラス一杯で、普段僕が購入している紙パック紅茶を数本飲めてしまうお値段だ。お洒落なガラス製のコースターも添えられていて、これひとつ取っても高級感が漂っている。



「あれ、ケイくんはミルクと砂糖入れないの? なら、私がもらってあげる!」

「あ、ちょっと……まだ何も言ってないんだけど?」

「男の子なら、細かいことは気にしない気にしない! あ~美味しい~」


 隣の席にいるキョウが、テーブルの上にあったガムシロップとミルクを素早く奪っていった。


 彼女がオーダーしたのは何とかフラペチーノとかいう、山盛りのホイップとチョコソースが乗ったやつ。その上からさらにトッピングしたせいで、見ているだけで口の中が甘ったるい。



「んん~、これこれ! 夏と言えばやっぱりコレよね!」

「キョウは冬場でも飲んでるじゃん」

「ちっちっち、分かってないなぁ~。冬は季節限定のメロンフラペチーノだよ!」

「学校にいるときから思っていたけど、貴方たちって本当に仲が良いのね……」


 先生のセリフを聞き流し、僕は無言でストローに口をつけた。


 まったく、キョウのせいで対面の席にいる先生がドン引きしているじゃないか。

 それに僕が一方的に揶揄われているだけで、別に仲が良いわけじゃない気がする。



「それで水島くん、先ほどの話の続きですが……悩みというのは何だったのですか?」

「え? え~と、実はですね……」


 キョウの奇行にすっかり気を取られていると、ベルナール先生が真面目なトーンで聞いてきた。


 でも正直言って、先生に相談するようなことって別に無いんだよなぁ……。

 悩みの種である張本人は隣で美味しそうにフラペチーノを飲んでいるし、あんまり変なことを言うと怒られそうだし……うーん。


 誤魔化すにしても、先生にプライベートな話を相談するのは気が引けるというか……。



「はい、まぁ……でも先生って教師の中でもトップクラスに忙しいじゃないですか」

「あら、アタシに遠慮しているの? 水島君は他の男子たちと違って変な色目を使ってくることも無いし、私としては貴方と話す時間を取るのは貴重な息抜きなのよ?」

「え? 光栄ダナー、あはは……」


 ベルナール先生は柔らかな微笑みを浮かべながら、テーブルの上にあった僕の手にそっと手を重ねてきた。


 どうやら先生は本心から心配してくれているらしい。しかもそれをシレっと口に出すから、本当にタチが悪い。


 先生からは見えないだろうけど、テーブルの下では僕の左太ももが誰かさんの手で物凄い強さでつねられているんです。お願いですからこれ以上、彼女を刺激するような行為は慎んでください。


 ――よし。ここは適当にお茶を濁して、さっさと解散してもらおう。



「特に悩みなんて無いですよ? 強いて言えば、僕の友人が自由奔放すぎて困ってるぐらいで……」

「なるほど、それはいけませんね。つまりは日南さんが原因で苦しんでいると」

「ちょ、どうしてそこで私が出てくるのよ!?」

「ふふっ、冗談よ。でも安心して、水島君。ここで聞いたことは口外しないから、先生には本当のことを言ってくれる?」


 だ、駄目だ!

 僕がいくら取り繕っても、この態度じゃあ彼女の前じゃ無意味だ。


 くそ、なんで話を聞き出そうとしているんだ!?


 ――あ、そうか。

 僕がイケナイ隠し事をしていると思われたんだ。

 仕事に忠実な先生は悪事に走らないよう、相談に乗ろうと……あぁ、それなら納得だ。



「あの……実は最近、変な夢を見るんです」

「夢?」

「誰かに背中を刺されて殺される内容なんですけど、これが何を意味しているのかさっぱり分からなくて。それも似たような夢を何度も繰り返していて……」


 実際の出来事を夢に置き換えて、即興の話を作ってみる。大丈夫かな、突拍子がなさ過ぎて怪しまれちゃうかも。


 そんな不安を他所に、先生は僕の言葉を聞いて何やら考え込んでいる様子だった。まだ一口も飲んでいない先生のアイスコーヒーは氷が溶けかけていて、ガラスの表面が汗をかいている。


「夢って現実を暗示するっていうじゃないですか。先生、僕って誰かに嫌われているのかな……」


 こんなにスラスラと作り話が出てくるなんて、自分でもビックリだ。

 でもこの状況を利用して何か情報を探ってみよう。

 些細なことでもいい。先生は生徒のことをよく見ているし、相談事ならきっと真剣に考えてくれるはずだ。


 だけどベルナール先生は、顎に手を当てて押し黙ってしまった。

 え、待って何その反応。

 まさか本当に嫌われてるってこと?



「背中を刺されて殺される夢は、自信が無い状態やネガティブになっているときに見やすいとされているの」

「はぁ……それならまぁ、当たっているのかも?」


 ちょっと大げさな気もするけど、あながち間違ってはいない気がする。僕もつい頷いてしまったし。


「この夢を見るようになったのは最近……それも連続して何度も見ているのね?」

「えぇ、もうかれこれ六回は見ています。途中のシチュエーションは違っても、夏休み最後の日に殺されるのは同じですね」


 ――正確には夢じゃなくて現実で、だけどね。


 ベルナール先生は自分の考えが間違っていないか確かめるように、顎に手を当ててぶつぶつと呟き始めた。


「たしかに過剰なストレスに襲われていると、同じ夢を繰り返し見ることがあるみたい。でも……極稀に、未来に起きる出来事を見る人がいるらしいわ」

「未来に起きる出来事……」


 そんな超能力者じゃあるまいし、と思ったけれど。

 この状況ってどうなんだろう。



「えー? ケイくんの気にし過ぎだって~」

「でも水島君の身に何か起こってからじゃ手遅れだわ。……そうだ。これから一週間、アタシが水島君の面倒を見てあげる」


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