第3話 ある夏の日、美女に出逢う


「僕が真犯人を見つけてやる! ……って息巻いたまでは良かったんだけどなぁ。何回繰り返せばこのループから抜け出せるんだろう」


 家の近所にある公園のベンチに腰を掛け、僕はしみじみと溜め息を吐いた。

 カンカン照りの太陽が僕の白い柔肌をじりじりと焼いていく。


 今日の日付は八月の二十四日。僕が殺される日のちょうど一週間前だ。

 僕にとってはえーっと、六回目の今日かな。



「僕が死んでしまうと、キョウは暴走して捕まっちゃう。それを回避するには、犯人を捕まえてしまえば良いんだけれど……」


 スマホの画面を見つめて二度目の溜め息。

 起動しているメモ帳アプリには、細かい文字がズラリと並んでいる。


 これはループごとの出来事を事細かく記録したものだ。

 のべ六回の死に戻りで、僕はいろんなことを試し――そしてことごとく失敗した。


 たとえば警察に相談したり、この街から逃げてみたり。キョウをなるべく遠ざけてみたこともあった。


 だけどそのときは殺されるよりも恐ろしい目に遭ってしまった。

 あの濁った瞳で僕を見つめるキョウ……ううっ、思い出すだけで鳥肌が立ちそう。あの選択は二度とやっちゃだめだ。



「うぅ、僕はどうすれば良いんだ……」


 このまま夏休みが明けないまま、何十回も死に続けるのかな……はぁ、想像するだけでウンザリだ。



「いっそのこと、キョウが僕に興味をなくすような言動をすればいいのかな?」


 キョウが暴走する原因は、僕に異常なほどの執着をしていいるからだ。

 気の弱い僕を支配して、自分の思い通りになるオモチャにしようとしているフシがある。


 アレは恋愛感情としての好きじゃない。彼女が僕に求めているのは心からの“屈服”だ。



「いっそのこと、僕がキョウに嫌われれば――」

「ケ~イ~く~ん?  私がどうしたのかな~?」

「えっ!?」


 突然背後から声をかけられて振り返ると、そこには噂の張本人がいた。

 隣に大人の女性を連れて、ベンチに座る僕のことを上から覗き込んでいる。


 あまりにも顔が近過ぎて、そのままキスをされそうなほどだ。彼女のシャンプーの匂いが香ってきて……って、もしかして今の話を聞かれてた!?



「キョウ!? なんでこんなところにいるのさ!?」

「なんでそんな慌てているの? みんなのアイドル、ヒビキちゃんとのデートだよ、デート。どう、羨ましい?」

「……ヒビキちゃん?」


 キョウは横にいた金髪女性を指差した。デニムの短パンからすらりとした長い脚が伸びていて、白いシャツはスレンダーな体型に似合っている。


 あれ? 普段と違う恰好だから一瞬分からなかったけれど、この人ってもしや……。


 ヒビキと呼ばれた女性は、抱き着かれた衝撃でずれたストローハットを直しながら、うんざりとした表情でキョウの言葉を訂正した。



「何を都合よく改変しているのですか、日南さん。貴女が駅前で男にナンパされていたから先生が助けてあげたんでしょうが。……こんにちは、水島君。有意義な夏休みを過ごしていますか?」

「その声はやっぱり、ベルナール先生!?」


 日本人離れした美女の正体は、僕の通っている千代橋高校で英会話教師をしているベルナール先生だった。


 生まれはフランス人で、日本に憧れて帰化したんだとか。日本名は鈴鳴すずなりひびき


 まだ二十代のはずだけど、この若さで三か国語をマスターしてるっていうんだから本当にすごい。


 それに見た目もキョウに負けず劣らずの美人だ。アイドル的な可愛さを持つキョウとは違って、先生は映画俳優みたいな美しさを持っている。



 ちなみに僕が学校で気軽に話すことのできる相手とは、何を隠そうこの二人だったりする。

 ぼっちだから有難いと言えば有難いんだけど……逆に言えばこの二人のせいで友達ができないんじゃないかなと思っちゃう。



「別に私はボールペンのインクを買いに行っただけだもん! 別になんも悪くなくない?」

「ちょっと、日南さん。まさかそれだけのために、この炎天下の中を出歩いていたっていうの!?」

「私にとってはそれほど重要な用事なんですぅー! だってキチンと色が揃ってないと可愛くないでしょ? ハンバーガー、筆記用具、家族。ぜぇーんぶ、セットでなきゃ駄目なの!」

「まったく。そんなくだらない理由で出歩くようなら、夏休みの意義がないでしょう」


 ベルナール先生は真面目なんだけど、融通が利かない。

 日本の文化に影響され過ぎてしまったのか、やたらと武士道やら伝統を重んじる傾向がある。そのせいか生徒の自主性や個性を尊重するキョウとは物凄く相性が悪い。



「むぅ、ヒビキちゃんはお堅いなぁ。そんなだから男が寄ってこないんですよ」

「そ、それとこれとは話が別でしょう! それに男なら寄ってくるわよ……水島君だって、アタシのこと魅力的な女性に見えるわよね!?」


 僕っ!? い、いやそれは……なんて答えれば良いんだ?

 どう返しても二人の争いに火を注ぐことにしかならないじゃないか!


「はぁ? ケイは私のことが好きなんだから! 年増のババアなんて眼中に無いわよ!」

「なんですって!?」


 ちょ、ちょっと止めなよ二人とも!

 どうして喧嘩腰になっちゃうんだよ!


「どうせ先生はあのきしょい男にさえナンパしてもらえないもんねー? あ、もしかして可愛い私に嫉妬しちゃったのかなー?」

「はぁ、まったく貴女は。もう少し自分の言動に気を付けないと、水島君に嫌われますよ?」

「はぁあああ!? そんなこと、絶対に有り得ないもん! ケイくん……嫌ったりしないよね?」


 何なんだ、この状況は。正直、この状況はとんでもなく居心地が悪い。何が楽しくて僕の目の前で女の子同士の喧嘩を見せられなきゃいけないんだ。

 なんとなく今回のループも駄目そうな予感がしてきたぞ……。


「(……とはいえ、だ)」


 二人は僕を間に挟んで仲良さそうにじゃれ合うふたりを見て、僕はホッと胸を撫で下ろした。

 どうやら話は聞かれていなかったみたいだ。



「――はぁ。こんな不毛な言い合いなんかしていないで、さっさと日南さんの家に向かいましょう。この機会に貴女の普段の学校生活について、ご両親にお話しておかなくては」

「うええっ!? ちょ、ちょっと待って! 担任でもないヒビキちゃんがそこまでする必要ないってば!」

「いいえ、これは教師としての務め。筋を通しておく必要があるでしょう」

「む、無理無理! パパは警察官だし、めっちゃ厳しいんだから! 私が遊んでいるだけで怒るんだよ!?」


 キョウは助けを求めるように僕へと視線を送ってきた。けれど僕は軽く首を横に振っただけで、何も答えない。つまり“自分で蒔いた種は自分で何とかしろ”ってことだ。


「ところでケイくん、さっきは何か悩み事があったみたいだけど?」

「えっ!?」

「ベルナール先生! 目の前に悩める生徒がいるわけだし、ここは喫茶店でも行って話を聞いてあげよっ?」


 こ、こいつ……自分の都合が悪くなったからって、僕を巻き込みやがったな!?

 思わずキョウを睨むと、彼女はテヘッと舌を出した。

 


「そう言われたら教師として見過ごすことはできないわね……仕方が無いわ、行きましょう」


「(あ~あ、こりゃまた面倒なことになりそう……)」


 三度目の溜め息は、本日で一番の重たいものとなった。


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