第2話 一回目の死
僕が死に戻りをするようになったのは、八月三十一日。
夏休み最後の日だった。
そう、あのときも僕は“死んでいた”。
「な、なんだよこれ……」
にわかには信じられないけれど、目の前に背中から果物ナイフを生やした自分の体が転がっていた。
灼熱のアスファルトの上にあるもんだから、さながら出来たてのステーキみたいだ。
でも僕って鶏ガラって揶揄われるくらい痩せているし、食べてもきっと美味しくはないだろうなぁ。
って今はそんな冗談を言っている場合じゃないんだよね。
「そもそも今の僕って、どういう状態なんだろう? まさか幽霊?」
どこかへ移動しようとすると、途端に意識が遠くなる。そのまま成仏するのかと思いきや、別にそういうわけでもないみたい。ただ自分の体から数メートル以上離れられないだけ。
え、もしかしてこのままここで地縛霊になっちゃう感じ?
「ど、どうしよう!?」
この時間帯なら家に妹が居るはずだ。無事だと願いたいけれど、今の状態じゃ確かめに行くこともできない。
「でも誰が僕をこんな目に……」
僕って他の人と比べるとかなり地味なヤツだ。友達は今までに二人しかいないし、クラスでもボッチで浮いている。
不良みたいに悪いことをする度胸なんか一ミリも無いし、誰かに殺されるほどの恨みを買った覚えもない。
ていうか最後に妹とあの二人以外で会話をしたのって、いつだったっけ?
「ん? おかしいな。記憶があいまいっていうか、数時間前のことがさっぱり思い出せない……」
仕方がないので、あらためて辺りを見渡してみる。
場所は僕が住んでいる一軒家から出て、すぐ前にある道路だ。
死体の僕が着ているのは、普段からパジャマ代わりに使っている中学生時代の青色ジャージ。上着の袖に、名前つきのワッペンが縫い付けてあるやつ。高校生になったのにチビのままで、今でも丈はピッタシだ。
変だなぁ。お洒落に無頓着な僕でも、さすがにこんな格好で外には出ない。相当急いでいたのかな? よく見ると血塗れの右手にスマホが握られたままになっているし、ひょっとすると殺人鬼から逃げていたのかもしれない。とすると、助けを求めて慌てて外に飛び出した?
じゃあ犯人はまだこの近くにいるってこと!?
「……ケイ? うそ、でしょ?」
「あっ、キョウ……」
死体の中に飛び込んで元に戻れないか試していると、数少ない友人の一人である日南響がやってきた。夏休み期間だからか、彼女は学校のセーラー服とは違って青色のワンピースを身にまとっている。
普段はいわゆる量産型とか地雷系の服を好んでいるんだけど、僕が青色が好きって知ってからずっと、二人で会うときは必ずその服を着てくるようになった。ってことはつまり、彼女は僕に会いに来たんだろうか。
よく見れば僕の持っているスマホの画面にはキョウの名前がある。僕は彼女に会おうとしていた……?
「う、うそでしょ……ねぇ、起きてよケイ……!」
「駄目だよ、触ったら血がついちゃう……って、あぁ~やっちゃった」
あいにくと僕の声は彼女に届いていないようで、ピンクの薄いマニキュアが塗られた手で僕に触れてしまった。だけどいくら揺すったところで、僕の体は動かない。だって今の僕は、その上でフワフワと浮いているんだし。
キョウもすぐにそれを理解したのか、ピタッと手が止まった。そして前髪を垂らしながらユラリと起き上ると、「ふふふ……」と不気味な笑い声を上げ始める。あ、これはマズいかもしれない。
「許せない……誰が私のケイを……ふ、ふふふっ」
「あー、やっぱりスイッチ入っちゃったよ。どうするんだよコレ」
普段のキョウは明るくて人懐っこい美少女だ。だけど僕のことが絡むと、すぐに頭のネジがどこかにいってしまう。
一度こうなってしまうと、僕でも止められない。特に今回は僕の死という最大級のタブーを見てしまったから、何をしでかすか分かったもんじゃない。
「キョウ、落ち着いて! 僕はちゃんとここに居るから!」
「ケイ……私のケイ……返して、返してよ……」
あぁ、叫んでみてもやっぱり駄目みたい。こうしている間にも、キョウは僕の体からナイフを抜き取って、周りに犯人がいないか見まわしている。可愛い口も口裂け女みたいに大きく弧を描いているし、大きな瞳もハイライトが消えて完全にイッちゃっている。
「あっ、ヤバい! 近所のおばちゃんがこっちに来る!」
買い物帰りなのか、恰幅の良いおばちゃんがパンパンに膨らんだエコバッグを片手にこちらへ向かっていた。僕たちの姿に気が付いたのか、首を傾げて怪訝な表情をしている。
「テメェか、私の大事なケイを殺したのはァアァア!」
「ひいっ!?」
「絶対に違うよ! やめてよキョウ!」
あぁもうやっぱり!
悲鳴を上げたおばちゃんは荷物を道に放り投げ、原付バイクで通りかかった工事作業員のおっちゃんに助けを求めた。
「だ、誰かたすけて! 人殺しよぉお!」
「おいおい、どうしたんだ……ってなんだこのヤベェ嬢ちゃんは!?」
「お前か! ケイくんを殺したやつは!」
果物ナイフをブンブンと振り回しながら、キョウは工事作業員のおっちゃんたちを追いかけ始めた。
止めたくても僕はそれをただ見ているだけしかできない。
結局、キョウはおばちゃんが呼んだ警察によって、殺人未遂の現行犯で逮捕されてしまった。彼女がパトカーで連行されていく姿を眺めながら、僕の意識は暗転した。
――そして気付けば、七日前へと時が巻き戻っていた。
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