56.メルヘンな子供の作り方
このタイミングで追いかけっこを始めた猫達。真っ先に隠れたノアールだが、ブレンに誘い出される。その後ろから忍び寄るオレンジ! 騒ぎが大きくなったところで、ブレンダが顔を覗かせた。
「元気だねぇ。ところで、何を二人して悩んでるんだい」
顔でバレたらしく、素直にアイカはブレンダに相談した。この世界で母のような彼女に隠し事は無用だし、隠すほどの内容でもない。今までも相談した方が、早く解決してきた。
「満月は知ってるなら、なるほど。その先だね。子供の木は教えてもらったのかい?」
「うん。街の中央の赤い木だって」
聞いた部分を確認し、ブレンダは慣れた様子で先へ話を進める。過去に何度もアイカの疑問と対峙しただけあり、とにかく全部洗い出す方が早いと理解していた。
「キスは……猫としていたし、分かってるねぇ。じゃあ、何が疑問だい」
「キスだけで子供ができるのが不思議」
端的に説明するアイカも、ブレンダへの相談に慣れていた。お陰で話がスムーズだ。
「お互いの疑問を並べてご覧よ。食い違ってる場所がわかるだろ?」
「なるほど」
納得したレイモンドがさらさらと羅列する。その空きスペースにアイカも記入した。比較すれば、一目瞭然だ。
「次は二人が知ってる子供の作り方を書いたらいいさ」
「え、あ、うん」
あっさり頷いたレイモンドと違い、アイカは照れながらペンを手に取る。見せあった結果、まったく違う知識が並んでいた。
この世界では、キスすると子供が生まれる。母親がお腹を痛めて産むこともなく、木の根元にぽこっと現れるのだ。キスしてから通常、一ヶ月ほどだという。心から愛し合う二人がキスをして、一ヶ月後に木の下でもう一度キスをすると生まれる仕組みだった。
誰かの子と間違えて連れ帰る心配もない。両親が揃っていて、一ヶ月後も愛が冷めていないことが条件なのだ。アイカは「なるほど」と話を呑み込んだ。ほぼ御伽噺の世界である。
「アイカのいた世界は、複雑なのだな」
レイモンドはうーんと唸りながら読み進めた。そこで気になった点を質問する。
「このえっちとは何だ?」
「えっと……舐めたり、キスしたり、入れたり、出したりするの」
真っ赤になりながら、曖昧な説明を行う。だが当然、ブレンダもレイモンドも理解できなかった。
「キスと舐めるのは分かるが、入れたり出したりは……」
「体のある穴に、その……突起物を入れて……。気持ちよくなると、白い液体が出るの。で受精するんだけど」
すでに特殊用語のオンパレードだ。後日、専門家を交えて説明を聞きたいと強請られた。絶対に嫌だ。分かったフリで頷いておけばよかった。後悔先に立たずのアイカである。
追いかけっこを終えた猫の元へ、逃げるように走るアイカを見送る。照れているのは分かるが、種の存続という意味で獣人は恥ずかしいと感じる理由がなかった。そのため、なぜアイカが照れるのかも分からない。
「ブレンダ、妻をきちんと理解する夫になれるだろうか」
「努力しなよ。あんないい子は他にいないからね」
「もちろんだ」
そんな会話がなされているとも知らず、アイカは真っ赤になった耳を両手で隠して蹲った。
「ヤバい、知らないで通せばよかったのに、なんで正直に書いちゃったのよ」
全力で迂闊な自分を罵倒するアイカだった。
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