47.どうやら攫われたようだけど
ようやく別世界の人向けに常識を記した上級編を読み始めたアイカだが、観光地情報はどこにも書かれていなかった。ある意味、常識ではないので仕方ないかもしれない。他に書くことが多すぎるのも原因だろう。
「ブレンダとトム爺さんは、当事者だから除外」
本人達に尋ねたら、こっそり計画する旅行が台無しだ。ネタバレもいいところである。ここは頼りになる竜帝、一択だった。リス店主もいろいろ知ってそうだけど、八百屋も肉屋も口が軽い。下町特有の、一人に話したら町中が知ってるパターンが確実だった。
そわそわしながら待つアイカだが、今日に限ってレイモンドが来ない。庭に出て、木陰で猫達と昼寝を始めた。オレンジは顔の前、ブランは胸の上、仰向けに眠るアイカの足の間にノアールだ。涼しい風が吹いているので、猫と密着しても暑くない。
「いい天気」
呟いた直後、何かに頭を突っ込まれた。オレンジも一緒に入ったらしく、怒ってアイカの顔を引っ掻く。
「ちょ、オレンジ。それ私!」
頬に引っ掻き傷をもらい、涙ぐみながら手で押さえようとしたら、その手が動かなかった。ぐるぐるとミノムシのように巻かれたようだ。続いて猫の威嚇が聞こえた。
あの声はブランかな? たぶんノアールは茂みに隠れたと思う。臆病な性格のノアールが、誰かに威嚇したり攻撃するのは考えにくい。
ふわりと体が浮いて、オレンジが髪にしがみついた。お団子にまとめた髪に、ふぎゃーと怒るオレンジの前足が刺さる。
「いてっ、ちょ……こら」
騒ぐも、そのまま担いで運び出された。途中で板の上に置かれたが、投げ出すほど乱暴ではない。ごとごと揺れる音は、荷馬車に似ていた。しかし、ブレンダの荷馬車より揺れが少ない。上等な馬車で誘拐って……。ちょっと呆れながら、アイカは思いっきり息を吸い込んだ。
被せられた袋状の何かは、外の音が聞こえる。ならば大声を出せば外に響くはずだ。叫ぼうとして、頬に尻を押し付けるオレンジに気遣った。
「ごめんね、叫ぶよ」
ぶにゃ……返事とも取れる声。こんな場面なのに気持ちが和んだ。もう一度深呼吸して、全力で叫ぶ。
「たすけてぇ!!」
袋の中で声が響くが、外から反応はなかった。そういえば、連れ出される時も、誰かが追いかけてくる気配がなかったな。もしかして、この袋……外へ音が漏れないとか? 仕組みは不明だけど、別世界の知識で魔法とかあるかもしれない。
叫んでも聞こえないなら、袋が取れた時を狙おう。どこまでも前向きに捉え、アイカは調子を整えるように「ん゛ん」と喉を鳴らした。それに呼応したのか、オレンジがゴロゴロと喉を鳴らし始める。いや、そうじゃない。
ブランとノアールは無事だろうか。ブレンダが早く気づいてくれたら……そういえば、遅れているレイモンドが悪い。アイカの思考は八つ当たり気味にズレていく。
早く助けに来ないと、もう口を聞いてやらないんだから! むっとしながら、拘束された体でのけ反った。ダン! 激しい音を立てて、海老のように暴れる。
「大人しくしてろ」
見知らぬ誰かの声に抗議する形で、もう一度海老反りして床を蹴った。
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