46.それって日本語みたいじゃん
アイカが役に立つ場面は、意外なタイミングでやってきた。日課で遊びに来たレイモンドの一言が始まりだ。仕事に疲れてぐったりしながら、猫吸いを堪能した直後だった。
「外の人が書き残した古文書の解読が進まなくて、正直、完全に行き詰ってる」
そんな愚痴だった。この仕事が片付けば、竜帝なんて地位は放り出してやる。そう叫ぶレイモンドは、特に解決を期待したわけではない。アイカも自分が役立つとは思わなかった。だから雑談で切り返したのだ。
「そんなに難しいの?」
「数字は分かるんだが、三種類の文字とアランが読める一種類の文字で構成されている。あれは暗号だ」
「あはは、日本語を初めて見た外国人みたいな反応」
大笑いするアイカの言葉に、レイモンドとブレンダは顔を見合わせた。
「三種類の文字と数字、アルファベットだぞ?」
「日本は平仮名、カタカナ、漢字があるよ。似てるでしょ」
からりと笑ったアイカは、軽い調子で話を終える。擦り寄ってきた愛猫のノアールを撫で回すことに夢中になった。ごろんと寝転がって腹を見せ、撫でろと要求するのはブランだ。
「ノアールのあとね」
ちょっと不満そうだが、妹分のノアールを退けてまで撫でてもらう気はないようだ。てくてくと歩いて、ブレンダの足元に落ち着いた。思わずしゃがんで撫でながら、ブレンダは呟く。
「それって、アイカなら解読できるんじゃないかい?」
「そんな気がする」
レイモンドも同調した。だがアイカは「そんなわけないじゃん」と軽く受け流した。念の為、明日運んでくると息巻くレイモンドは、厄介な仕事が終わりそうだとホクホク顔だ。
「読めないと思うよ」
きっちり釘を刺すアイカだが、レイモンドは「それでもいい。明日も来る理由になる」と甘いセリフを残して帰った。夕暮れになると帰るレイモンドだが、ドラゴンは夜飛べないと聞いている。
「ねえ、この時間に帰って間に合うのかな」
「間に合うギリギリまでいるみたいだね」
ブレンダもそう感じていたようだ。顔を見合わせたが、最終的に同じ結論に達した。男は無茶をしたがる生き物なんだね、と。鈍い女性二人が揃うと、男性陣の努力は伝わりにくいようだ。
「夕食、急がないと」
トムソンが食べに来るんだよね。そう慌てるアイカだが、ブレンダはふふんと鼻を鳴らした。
「下準備は出来てるさ。シチューも煮えてるし、パンも買った。後は焼いてる肉を切り分けるだけだよ」
「さすが! ……あれ? サラダは?」
「肉に添える程度で用意したけど、別に作ろうか?」
「あ、それなら平気」
シチューにも野菜が入ってるだろうし、問題ない。アイカはコップや食器の準備を始めた。持ち手が輪になった大型ナイフを使い、ブレンダは器用に肉をカットする。包丁代わりのナイフを洗い終えたところで、トムソンの声がした。
「お邪魔するぞ……おお、本物の猫のお出迎えか」
ぶぎゃああ! どうやらあの鳴き声はオレンジのようだ。トムソンが持ってきたお土産が気になり、擦り寄ったらしい。
キッチンから顔を覗かせ、席に座るよう促した。お土産を受け取れば、立派な魚だ。明日食べることにして、貯蔵棚へ並べた。
仲睦まじい家族のような団欒を過ごしながら、アイカはふと思う。私って、たぶん……娘枠だよね。両親の再婚したてを邪魔する継子か。立ち位置を確認し、うーんと唸る。これは二人の新婚旅行でも計画した方がよさそう。
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