45.アイカはチート知識がない

 大型獣人ばかりの街は、何でも大きい。街道の敷石も座布団サイズで、ベンチも大きすぎてよじ登る高さだった。レイモンドはあれこれと気を遣ってくれるが、正直、散策も大変だ。ウィンドウショッピングと洒落込もうにも、ウィンドウ内がほぼ見えない。


 レイモンドの屋敷で判明したが、この世界は窓ガラスは大きく出来ない。小型の獣人が中心に住む街にいたから、まったく気づかなかった。だが思い返してみれば、お店の扉が普通に木製だったり、ショーウィンドウはなかった。


 普通の一軒家がそのまま商売をしている感じだ。家具屋は日が当たらないようにしているのかと思ったが、今考えれば窓ガラスが高いからだろう。八百屋や肉屋も、テントを張りだして表に並べていた。都会の下町風景のようだと納得していたが、窓ガラスなしで商品を多く見せようとした工夫の可能性が高い。


 雨が降れば大急ぎで取り込み、晴れたら外へ並べる。食材の場合は売り切ればいいが、重い家具や雑貨品を扱う店では無理だった。ここでアイカがチート知識を駆使して、大きなガラスを作る知恵を見せればいいのだが……そんな知識あるわけがない。


 窓枠だって作ったことはないし、もちろんガラス板も同様だ。魔法がある世界ではないようで、まったくの役立たずだった。すこし落ち込みながらも、アイカは前向きだ。


「私が披露できる知識があればよかったな」


「そのうち出て来るさ」


「ひとまず、休憩したい」


 巨大な石畳を歩いて疲れたアイカの要求に、レイモンドはひょいっと前足で器用に彼女を抱き上げた。とてとてと後ろ足で飛び跳ねるように走り、近くの店に入り込む。レイモンドが入れるほど大きな間口だった。


 布を扉代わりにしているようだ。のれんに似ている。この辺は京都人を名乗ったシミズさんの影響かも知れない。そう感じた途端、余計に何か知識を齎したいと強く願った。食べ物は普通に美味しいからチート不要で、香辛料もあった。ハーブの知識もあやふやだし……あ!


「レイモンド、薬屋さんはある?」


「どこかケガをしたのか?」


 大きなクッションの上に下ろされながら、心配そうにレイモンドが尋ねる。首を横に振って否定し、薬の知識が役に立つかもの期待を胸に話を聞いた。結果、誰かがすでに持ち込んだ知識が幅を利かせていた。薬剤師でもない素人が入れる余地はない。


 なぜ、前の世界で専門職につかなかったんだ。そう悔やむも、ただの事務OLに専門知識がないのは普通だった。石鹸は手慰みに作ったことがあるものの、この世界にはシャンプーやリンスまで存在する。獣人ばかりなので、化粧品も不要だろう。


 動物に必要な物……失礼ながら、この考えで頭がいっぱいになる。動物園で飼われるだらけた猛獣と、ペットの猫達しか知らないので、これまた役に立てそうにない。うんうん悩むアイカの前に、大きなカップが置かれた。洗面器を四倍ほどにした感じだが、これでも店で一番小さいカップのようだ。


「いただきます」


 見守るキリン店主に挨拶して、手で掬って飲んだ。氷が浮いているから大丈夫だと思ったが、冷たい。美味しいアイスティーは、横からレイモンドが半分以上飲んでくれた。残さずに済みそうだ。二人でひとつのカップから最後まで飲み干し、いくつかお土産を買って屋敷に戻った。


「役に立ちたいのは分かるが、悩み過ぎるなよ。アイカはそのままでいい」


 送ってくれたレイモンドは、男前なセリフを残して帰っていった。


「で、どうだったんだい? 進展はあったかい?」


 ブレンダの質問に真っ赤な顔で口籠り、アイカは部屋に飛び込んだ。出迎えた愛猫三匹を抱き締め、交互に猫吸いを行う。落ち着いたところで、ふと思った。


「猫吸いは商売になるかも?」


 オレンジを含め、猫達に全力拒否される未来を予想し、アイカは苦笑いして自分で意見を却下した。

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