48.無事救出されたものの……

 暴れるアイカを大人しくさせようとしたのか、足に誰かが触れた。


「きゃー! 痴漢、すけべ、変態ぃ!!」


 聞こえないとしても叫んでしまう。アイカは全力で抗議した。足首もしっかり縛られ、じたばた動けなくなる。最悪のパターンである。


 成果なしで状況が悪化した。がっかりしながら、ぶつぶつと文句を並べる。レイモンドが遅いのが悪い。外で昼寝なんかしなければよかった。誘拐なんて人として最低だ、など。


 文句は溢れ出て止めどない。ごとごと揺れる馬車は、やがてゆっくりと止まった。ずるりと引っ張られ、担がれた気配がする。頭が下になった状態で左右に揺られ、吐き気がした。


 オレンジは器用にバランスを取っているが、怒っている。気持ちはわかるが、飼い主を攻撃しないでほしい。さきほど引っ掻かれた頬がピリピリと痛んだ。


 ごろっと転がされ、ほっとする。これ以上揺られたら、猫の上に吐くところだった。ところで監禁するにしても、この袋と拘束は解いてほしい。アイカの感想を知らず、そのまま放置スタイルのようだ。


「最低、か弱い乙女になんてことするのよ」


 か弱い乙女に該当するかどうかは別として、この世界で小動物それも弱い分類の人間相手に、ちょっとやり過ぎではないか? 再び暴れようとしたアイカは、ぬるりとした感触に動きを止めた。


 何だろう。気持ち悪さが先に立った。肌がぞくりと粟立つ感じだ。ぬるりとした何かは、足を丹念に濡らした。吐きそう。


「そこまでだ!」


 聞き覚えのある声に、期待が高まる。がごっとすごい音がして、急に風が吹き込んだ。やや冷たい風が、急に暖かくなる。いや、熱くなってきた。


「逃げろっ!」


「くそ、見つかるのが早すぎる」


 騒がしい声に混じって、悲鳴や何かを壊す音が聞こえた。怖いので出来るだけ丸まって待つ。たぶんだけど、助けが来た。さっきの声はレイモンドだったし、そのあと「容赦しないよ」と叫んだのはブレンダっぽい。さらに唸って噛み付いたのは、おそらくトムソンだ。


 アイカは冷静に判断しながら、愛猫オレンジの尻に敷かれていた。猫吸いならご褒美だが、今は動けない上に鼻と口を塞がれて辛い。ぶふっと熱い息を吐きかけると、迷惑そうにオレンジがどいた。


 袋の中の空気を思いっきり吸い、呼吸を確保する。


「ああ、本当にひどいことするもんだよ。大丈夫かい?」


 ブレンダの腕がアイカを抱き上げ、丁寧に袋を外す。と、三毛猫オレンジが飛び出した。


「うわっ、いないと思ったら一緒に攫われてたのかい」


 ブレンダが驚いた声で、オレンジもびっくりしたようだ。飛んで走って行った。


「あ、オレンジが……」


「あんた、自分の心配をしなよ」


「ありがとう」


 いつもは肉を切るナイフで、ブレンダが拘束を解いていく。袋がなくなったため視界が開け、アイカは驚いた。ここはブレンダの家だ。別荘にすると言っていたけど、留守にした間に無断使用されたらしい。


 家具は傷ついているし、勝手に使われた食器がそのまま放置されていた。


「ひどい!」


「本当だよ、ああ……女の子の顔に傷が」


 家の惨状に叫んだアイカの言葉を、ブレンダは別の意味に捉えた。そして、顔に傷と聞いたレイモンドはキレた。

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