26.最高級の肉入りブラウンシチュー
小型の種族が来た時は謁見で利用してきた。そう話すレイモンドは、毎回この台を背負ってくる。量産してはどうかと提案したところ、木組みの技術が複雑すぎて真似できないのだとか。これはこれで保管し、釘を打って数年使える物を作ったら? と呆れ半分で口にした。
「というわけで、作らせてみた」
さっそく翌日担いで現れた。これはブレンダの家の前庭に設置が決定する。アイカが「火の見櫓」と口にしたため、そのまま名前が定着した。
「火の見櫓の意味を教えてくれ」
レイモンドは新しい単語に興味津々だ。時代劇で観た光景をそのまま身振り手振り交えて説明したアイカは、快適に整えた櫓の上でお茶を煽った。この世界に来てから、ぬるいお茶が好きになった。以前は熱いか冷たいか、極端な温度を好んだアイカだが、今は常温が美味しい。
レイモンドも休憩のようで、顔をタライに突っ込んでお茶を飲み始めた。そこへ散歩中のオレンジが通りかかり、器用にタライの縁に上る。レイモンドの鼻先に足を引っかけ、お茶を飲み始めた。すでに飲み終えたものの、動くと猫がお茶に落ちそうで固まるレイモンド。
「レイモンドってさ、いい人だね」
「それなのに嫁さんが来なくてね、まったく困ったもんだよ」
甥っ子を語るように口調が柔らかいブレンダは、お昼ご飯を作ったらしい。大量のパンを担いできた。敷いた分厚いシートの上に、どさっとパンが詰まれる。と同時に、スープの鍋を持ってきた。食べる量が多ければ、スープとパンが一番手っ取り早い。
「こないだのカナブンが高く売れたからね」
奮発して豪華な肉を入れたと言われ、アイカは恐る恐る中を覗いた。見る限り、牛肉のブラウンシチュー系のようだ。しかし肉がカナブンではない保証はなかった。
「このお肉って……」
「安心しな、カナブンじゃないよ」
安心していい部分かどうか分からないが、アイカはほっと肩の力を抜いた。
「最高級のコオロギだよ」
高級なコオロギと普通のコオロギがいるの? それ以前に、コオロギのどこを食べるのさ。アイカの脳裏に浮かんだコオロギは、肉はあまりついていなそうな姿だった。昆虫って硬い殻に覆われてるじゃん。アイカの感想はそのまま顔に出た。
「困った子だね、好き嫌いしたらダメだよ」
木製の食器によそわれたシチューを睨む。だがアイカは日本人だ。持て成しで出された料理を残す選択肢はなかった。この世界で生きていくには覚悟を決めよう。そうさ、調理前の姿を見なければ問題ない。覚悟を決めて一口。
「うまぁ!」
「だろ? やっぱり肉はコオロギに限るさ」
コオロギという名前の牛肉だ。アイカは己に言い聞かせ、上手に騙しながらシチューとパンを交互に口に入れた。とろっとした油がやや硬いパンに合うし、何より肉は箸でも崩れるやわらかさだ。といってもスプーンで食べるのだが。
「本物の猫に食べさせて平気かねぇ」
「オレンジ、ブラン、ノアール。名前で呼んであげて。平気だと思いますよ、ただ味が濃いかも」
他に食べ物がなければ食べると思う。野良だった過去もあるし、贅沢は言わないはず。そう呟いたアイカは、ぽたりと肩に落ちてきた液体に気づいて顔を上げた。大量のスープを飲み干し、パンを腹に納めたレイモンドの汗だった。
「ふぅ、こんなにがっついたのは久しぶりだ。ブレンダの料理は一流だな」
食べ過ぎたと言いながら、レイモンドは巨体をごろんと転がした。怖いもの知らずのオレンジはその上によじ登り、大興奮で「ア゛オォォォ゛オ゛ォォォ!!」と吠えている。ところどころ濁音になっているのは恒例だった。
声に釣られたのか、ブランが外へ出てくる。相変わらず引きこもりノアールは、窓辺で不安そうに見守っていた。ブレンダの勧めで、全員がレイモンドが作った日陰で昼寝を始める。これだけ大きなドラゴンが一緒なら、昆虫に襲われる心配もいらない。アイカは安心して目を閉じた。
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