27.猫は狩りをする生き物だ

 お昼寝の終わりは絶叫だった。


「ぎゃぁああああああぁっ!!」


 喉が痛くなるほど叫んで、けほっ、と咳き込みながら肩で息をするアイカ。驚いたレイモンドが飛び起きたので、一緒に昼寝をしていた猫やカーティスが飛び起きた。洗濯物を取り込み中のブレンダが、大きなシーツを抱えたまま走ってくる。


「なんだい? 何があったんだい」


「うわぁ、びっくりした」


「…………」


 無言のまま、落としかけた猫を前足で受け止めたレイモンドはほっとした表情だ。全員の視線が向かったアイカの前に、子猫サイズのバッタがいた。それも、オレンジに咥えられている。ぶぶぶっ、羽の振動音が鈍く周囲に響いた。


「オレンジぃ、やだっ、捨ててきて」


 猫は狩りをする生き物だ。分かってる。以前だってネズミやらスズメやら、様々な虫も捕まえてきた。その時はサイズが日本規格だったので、微笑ましいと思いながら手袋で処理した。といっても、感触が嫌なので軍手の上にビニール手袋仕様だ。


 オレンジは野性味が強い猫で、狩りの本能も立派だ。レイモンドの上で遠吠えしたことからも、間違いない。その本能が発揮された結果、昼寝中のアイカから離れてバッタを捕獲したのだろう。それを得意げに見せに来た。物音で驚いたアイカが目を覚まし、あの大絶叫に繋がる。


 事情を理解したブレンダとレイモンドだが、カーティスは違う意味で大興奮だった。


「すごいや! 本物の猫がバッタを捕まえるなんて!!」


 前足を浮かせてじたばた騒ぐカーティスに、ブランがフシャー! と威嚇する。


「食べるには小さくて、これはすじばかりだろうね」


「だが、このタイプは大繁殖する可能性があるから駆除しておこう」


 ブレンダが手を差し出すと、オレンジはアイカをちらちら見ながらバッタを渡した。両手で捕まえるブレンダが地上に置いた途端、待っていたレイモンドがぷちっと踏む。


「きゃぁ! ちょ、レイモンド。その足あげないで!」


「え? では私はどうするのだ」


 足を上げたら潰れたバッタが見えちゃうでしょう! 叫んで逃げるアイカを、レイモンドの悲しそうな声が追った。怖がるから処分したのに、どうして嫌がられたのか。女心が理解できないレイモンドは、へにゃりと地面に懐いた。それでも手を離さないのは紳士的なのか。


「あんた、そんなんだから嫁がこないのさ」


「ブレンダ、その辺を詳しく教えてくれ」


 昼寝後の授業はすっとばされ、ブレンダによる女心の察し方教室が始まった。意外なことに興味を持ったカーティスも生徒側に座り、真剣に耳を傾ける。部屋に戻ったアイカはノアールを抱っこして、窓からその様子を眺めた。


「誰か、一人くらい様子を見に来てくれてもいいんじゃない?」


 我が侭な本音が口をついた。後ろで、ぶにゃぁ! と相槌を打つオレンジは、戦利品だったバッタの足を持ち帰る。大騒ぎしたアイカに取り上げられ、うにゃうにゃ文句を言いながら床でふて寝を始めた。その頃のブランは、伏せたカーティスの背中でゴロゴロと喉を鳴らす。


 虫はさほど苦手ではなかったが、ここまで大きいと無理。アイカは前途多難なこの世界の生活を思い、窓に頬を押し当てながら唇を尖らせた。

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