サムライ転移~お侍さんは異世界でもあんまり変わらない~/四辻いそら

【お侍さん、十年の旅路を振り返る】



武者修行の旅に出て数年は、とにかく我武者羅がむしゃらに修羅場を求めていた。手段やお題目は何だっていい。決闘でも、道場破りでも、戦でも。それこそ、自分にはまるで関わりのない小さな揉め事にすら率先して首を突っ込んだ。常に渦中かちゅうに身を置いていたい、その一心で。

斬って斬って、斬りまくる日々。生傷の絶えない身体を引きずり、次の敵を、次の次の敵を探し続けた。二本差しと見れば勝負を挑み、野盗や野伏はどこまでも追って討ち滅ぼす。こちらから仕掛けたことは一度もないが、喧嘩を売ってきた博徒ばくと侠客きょうかく、場合によっては力自慢の町人まで。

質よりも量というべきだろうか。いてもたってもいられなかったあの衝動は、血の味をしめた餓狼の渇望にとてもよく似ていると思う。何も斬らない日が不安になるくらい、心に火が点いていた。


何故そうまで執拗しつように修羅場を求めたか。理由は単純だ。死線を越えることでしか得られないものがあると、そう確信していたから。

生家で暮らしていた頃に感じていた、圧倒的な欠乏感。家中の猛者どもを間近に見て、いつも足りないと思っていた。腕の良し悪しとはまた別種、歴戦の勇士がまとう、覇気や気魄きはくと呼ばれるものが。

百戦錬磨の古強者は、眼や耳や鼻、それらとは違うところでものを感じている。事実として、そんな瞬間を幾度も目撃した。普通なら前進を躊躇ためらうような場面で、誰よりも先に一歩踏み出す。頭で考えてから動くのではなく、何かが身体に染み付いているような、そんな風に。奴らにあって、自分にないもの。その答えは火を見るよりも明らかだった。だからこそ、死地に活路を求めたのだ。


旅先で多種多様な武人に出逢い、剣を交えた。武士という身分や家を守りたい者、ただただ主君に付き従うことを旨とする者、弱者をいたぶるのが好きな者、武の極地を目指し、損得勘定や己の命など一顧いっこだにしない者…………。一口に武芸者と言っても、思想信条、大切なものは皆それぞれだ。ゆえに、勝負を終えるたび、繰り返し繰り返し考えさせられた。自分にとって大切なものは何なのだろう。果たしてそんなものがあっただろうか、と。

一人旅というのは、望むと望まざるとにかかわらず、深く己を知ることになる。見ず知らずの人々が自分に使う口の利き方、表情の動き、態度の変化などによって、自分自身が他人にどう思われているかということが分かるからだ。

百人斬れば英雄となる。世にはそんな言葉が存在するが、現実は違っていた。どこへ行っても気味悪がられ、うとまれ、恐れられる。世間から黒鬼くろおにという悪名で呼ばれ始めた頃、向けられる視線は、もはや人を見る眼ではなくなっていた。町人だけでなく、同じ武家連中からでさえ。

しかし、それはそれで構わなかった。心のどこかで、もう諦めていたから。自分と同じ景色を見る者はいないと。並び立つ者など存在しないと。永く水をもらわない植木のように、情熱は干からびつつあった。


そうして、血に染まった旅路を経て辿り着いた先で────────


「クロスさん、早く早くっ! 急いでくーだーさーいー!!」

「さっさと走れっつってんだろ、このボケ! 余裕ぶってんじゃねえぞ!」

現在。黒鬼と恐れられた侍は、前からグイグイと手を引かれ、後ろからはゲシゲシと尻を蹴られていた。

「武士たる者、通りを走るなどみっともない真似ができるか。何故そう急かす?」

「トトの店が十周年記念の大安売りだからだよ! 昨日ちゃんと言ったよね!?」

「しかも数量限定の先着順じゃ! この機会を逃せばまた魔物肉ばかりの食生活に逆戻り! 野菜と葡萄酒は死んでも確保するぞッ!」

 それは訊いたが、乗合馬車の停留所から爆走するとは訊いていない。ぎゃあぎゃあと騒ぐ四人を横目に見て、小さくため息を吐き、黒須くろすもしぶしぶ足並みを揃え始める。彼らがここまで言うのであれば、こちらが折れるのもやむを得んだろうと、そう思って。


昔は、全てを捨てて強さを目指していた。人間性さえ。

意図せず訪れた異国で、捨てられない……いや、捨てたくない大切なものができた。邪魔になる、不純になる、判断を曇らせる原因になる。そんな風に考えていたものだ。

 

俺は、弱くなったのだろうか。


その自問の答えはまだ分からない。

ただ、今がこの十年で、一番心穏やかなことだけは確かだった。


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