サムライ転移~お侍さんは異世界でもあんまり変わらない~/四辻いそら
【お侍さん、十年の旅路を振り返る】
武者修行の旅に出て数年は、とにかく
斬って斬って、斬りまくる日々。生傷の絶えない身体を引きずり、次の敵を、次の次の敵を探し続けた。二本差しと見れば勝負を挑み、野盗や野伏はどこまでも追って討ち滅ぼす。こちらから仕掛けたことは一度もないが、喧嘩を売ってきた
質よりも量というべきだろうか。いてもたってもいられなかったあの衝動は、血の味をしめた餓狼の渇望にとてもよく似ていると思う。何も斬らない日が不安になるくらい、心に火が点いていた。
何故そうまで
生家で暮らしていた頃に感じていた、圧倒的な欠乏感。家中の猛者どもを間近に見て、いつも足りないと思っていた。腕の良し悪しとはまた別種、歴戦の勇士が
百戦錬磨の古強者は、眼や耳や鼻、それらとは違うところでものを感じている。事実として、そんな瞬間を幾度も目撃した。普通なら前進を
旅先で多種多様な武人に出逢い、剣を交えた。武士という身分や家を守りたい者、ただただ主君に付き従うことを旨とする者、弱者をいたぶるのが好きな者、武の極地を目指し、損得勘定や己の命など
一人旅というのは、望むと望まざるとに
百人斬れば英雄となる。世にはそんな言葉が存在するが、現実は違っていた。どこへ行っても気味悪がられ、
しかし、それはそれで構わなかった。心のどこかで、もう諦めていたから。自分と同じ景色を見る者はいないと。並び立つ者など存在しないと。永く水をもらわない植木のように、情熱は干からびつつあった。
そうして、血に染まった旅路を経て辿り着いた先で────────
「クロスさん、早く早くっ! 急いでくーだーさーいー!!」
「さっさと走れっつってんだろ、このボケ! 余裕ぶってんじゃねえぞ!」
現在。黒鬼と恐れられた侍は、前からグイグイと手を引かれ、後ろからはゲシゲシと尻を蹴られていた。
「武士たる者、通りを走るなどみっともない真似ができるか。何故そう急かす?」
「トトの店が十周年記念の大安売りだからだよ! 昨日ちゃんと言ったよね!?」
「しかも数量限定の先着順じゃ! この機会を逃せばまた魔物肉ばかりの食生活に逆戻り! 野菜と葡萄酒は死んでも確保するぞッ!」
それは訊いたが、乗合馬車の停留所から爆走するとは訊いていない。ぎゃあぎゃあと騒ぐ四人を横目に見て、小さくため息を吐き、
昔は、全てを捨てて強さを目指していた。人間性さえ。
意図せず訪れた異国で、捨てられない……いや、捨てたくない大切なものができた。邪魔になる、不純になる、判断を曇らせる原因になる。そんな風に考えていたものだ。
俺は、弱くなったのだろうか。
その自問の答えはまだ分からない。
ただ、今がこの十年で、一番心穏やかなことだけは確かだった。
MFブックス10周年記念・ショートストーリー集 MFブックス @mfbooks
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