転生少女はまず一歩からはじめたい/カヤ

【挑戦はだいじ】


「うーん、事件がないって幸せ」

 薬師ギルドからの帰り道、サラは大きく伸びをした。

「そうだな。俺だってサラとアレンと知り合ってからだよ、こんなに身近で事件がたくさん起きるのはさ」

 隣を歩くクンツも、事件の多さにはうんざりしている様子だ。

「サラはまねかれ人だからなあ」

「私が事件を起こしてるわけじゃないからね? 巻き込まれてるだけだから」

 すべての原因を招かれ人で済ませようとするアレンに、釘を刺すのを忘れないサラである。

「でも、何にもないと腕がなまっちゃうような気もするんだよね」

 サラはまだ明るさの残っている夕方の空を見上げた。

 薬師として修業中ではあるが、それとは別にサラの持っている技術といえば、結界である。

「毎日自分に結界を張るのは当たり前として、最近それ以外で使うことがないからね。なにか新しい挑戦でもしてみようかなあ」

「それなら一緒にダンジョンに」

「行かないからね」

 すかさずダンジョンに誘ってくるアレンには困りものである。

「サラの結界といえば、俺さ、サラがニジイロアゲハを集めて袋詰めみたいにしたのが面白かったな」

 クンツの思い出話のほうがよほど有意義である。

「袋詰め……。それだ!」

 せっかく自在に形を変えられる結界なのだから、いらない荷物は結界で袋詰めにしてしまえばいいのだ。

「お、おう。それはどうだろう」

 なにか言いたげなアレンを無視し、サラは手のひらを上に向けて炎をポンと出した。

 幸い、ハイドレンジアの町は通り過ぎ、ここから先は領主のライのお屋敷まで人気ひとけはない。

「これをきゅっと包めば」

 サラを自動追尾する炎のできあがりである。

「それが何の役に立つんだ?」

「後から考えればいいでしょ。次」

 サラは今度は最初に結界の小さな袋を作ってから、その中に水を出した。

 ゆらゆら揺れる炎とちゃぷちゃぷ動く水がサラの後を付いてくる様子は、なんだか楽しげな気持ちになる。

「後はお弁当やおやつを入れる袋を作れば、手ぶらでお出かけができる。最高じゃない?」

「最高とはちょっと違うけど、これ、めちゃくちゃ楽しいな」

「クンツ、わかってる!」

 きゃっきゃっと話すサラとクンツを見て、アレンが微妙な顔をして口を開いた。

 が、なにも言わず口を閉じ、それから我慢できないという感じで噴き出してしまった。

 サラはプリプリと怒って腰に手を当てた。

「アレンだって手ぶらで狩りができたらいいと思わないの?」

「いいとは思うけどさ、でもさ」

 お腹を押さえてまで笑い転げることだろうか。サラはちょっとイライラした。

「それって収納袋で十分だから」

「あ」

 炎と水の結界の袋が、サラの心を写したかのように力を失ってぽすりと地面に落ちた。

「おい! アレン! それは言っちゃ駄目だろ!」

 あわてるクンツの言葉は、本当はアレンと同じことを思っていたということではないかと感じて、サラの心はちょっとささくれ気味である。

「ご、ごめん! 挑戦は大事だよな? サラにしかできないことだしな、な?」

「別にいいよ。慰めてくれなくても」

 サラはがっかりしてしゃがみこんだ。

 そうして眺める落ちた炎は、結界に囲まれているので、地面の上でもゆらゆらと揺らめいたままだし、水も結界に包まれて、まるで透明なスライムみたいでかわいらしい。

「なんの役にも立たないけど、なんだかかわいいし、なんとなくいやされる気がする」

 ポツリとつぶやいたサラの隣に、クンツが、そしてアレンが同じようにしゃがみこんだ。

「そうだな。別に役に立たなくてもいいんだよな。挑戦だもんな」

「ごめんよ、サラ」

「大丈夫。ちょっと間抜けだったけど、これはこれでいいや」

 さっきまで明るかった空を夕闇が包もうとしている。

「もっと役に立たないことをしてみるのも大事かもな」

「それも挑戦だよね」

 立ち上がり歩き始めたサラの後ろには、調子に乗ったサラがいくつも作った炎と水の球がふよふよと付き従う。

 夕暮れ時の領主館の怪異が噂になって、調査に乗り出そうとしたライにサラが平謝りする羽目になるのはそれからすぐのことである。





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