人間不信の冒険者たちが世界を救うようです/富士伸太

【ブレンデッドウイスキー『ノームの星 十年』】



 それは熱砂の砂漠の旅人をうるお命の水アクアウィタエ

 あるいはハイエナがむさぼる獲物の残骸。

 正しくは、冒険者が迷宮を冒険した果てに見つけた宝箱。

「ノームの星、十年……古代文明の頃の未開封の酒だ。マジかよ、初めて見つけた」

 ニックが、迷宮の奥底にあった宝箱を開けた瞬間、戦慄と共につぶやいた。

「そんなに凄いものかのう? ただのウイスキーであろう」

 キズナが首を傾げながらたずねる。

「それにずっと箱の中に置きっぱなしだなんて、飲めるか怪しいもんだゾ」

「装飾は立派だけどねぇ」

「価値があるとは聞いたことがありますが、迷宮の戦利品とは知りませんでした」

 そしてカラン、ティアーナ、ゼムも、特に驚くこともなく感想を言った。

 だが、ニックだけはにやりと笑った。

「お前ら全然わかってねえな。『テラネ・グロサリーマーケット』の凄さを」

 ここは迷宮都市の北西部、ハイエナ荒野に存在する迷宮の中でも特に珍しい場所だ。

 C級迷宮『テラネ・グロサリーマーケット』。

 ここは本来、迷宮ではなかった場所だ。それも、要塞や軍事研究所などの物々しい施設が瘴気しょうきに飲み込まれて迷宮へ変貌したのではない。なんとここは、ただのスーパーマーケットであった。

 酒、缶詰、惣菜、冷凍食品、生鮮食品、あるいは日用品や衣類など幅広い商品を取り扱う、古代文明の最盛期に存在した小売店の形態である。

 そして様々な遺跡と同様、古代文明の没落と共に『テラネ・グロサリーマーケット』を管理する人間も消えて、魔物が自然発生する迷宮と化した。

 だがしかし。

 商品は滅びてはいなかった。

「テラネ・グロサリーマーケットの専用ケースで保存された食品は時間の進みがやたら遅いらしくて、全然劣化しないんだよ。実際にここの食品を食べた奴も多い。オークションのカタログを見てみろ、酒や缶詰がたまに出品されてるぜ」

「缶詰はちょっと興味あるゾ」

 ちなみに店内放送されているコマーシャルソングもほろびておらず、ここを探索すると自然と正式名称が耳に入ってくる。そのために百年以上ずっと『テラネ・グロサリーマーケット』という正式名称のまま呼ばれ、冒険者ギルドの迷宮命名規則から例外の扱いとなっていた。

「オークションカタログならば我が記憶しておるぞ。検索してみるかの……お、あったのじゃ」

 キズナがむむむむとうなりながら、こめかみに指を当てて考え出す。

 人間のような姿をしているが、キズナは聖剣であり古代文明の魔導具だ。

 自分の視覚に映ったものを画像として保管する機能がある。

 保存した情報を検索したところ、目当てのものはすぐに引っかかったようだ。

「おっ、やるじゃねえか。幾らくらいだ?」

「……平均落札価格、三十万ディナじゃな」

 キズナが端的に答えた。

「おや、悪くありませんね」

「臨時ボーナスってところかしら」

「やったゾ」

 ゼム、ティアーナ、カランが見直したように喜びをあらわにする。

 だが、ニックだけはがっかりした様子であった。

「おいおい……古代文明の未開封の酒がたった三十万ディナ? レアなお宝を見つけたのに一人頭で六万って……安いとは言わねえがちょっと寂しいだろ」

「仕方なかろう。入手難易度Cマイナス。大量生産品のブレンデッドウイスキーゆえに、酒の中でもかなり安い部類じゃぞ。レシピも解明されていて、現代でも同じ味の酒が問題なく作れるそうじゃ」

「あー、そういうことか……」

「じゃがファンは多いようじゃぞ。大量生産されたのもブレンドするウイスキーの配合がパーフェクトで、家で常飲するウイスキーとしての評価はコスパ込みで星五。名高く評価されたウイスキーというよりも、庶民に愛されたウイスキー、という感じじゃの」

 へぇ、という四人の感心の声が重なる。

「……で、どうするの?」

「どうするって、そりゃ一応は戦利品だしなぁ……」

 売る、という言外の言葉をカランが待ったをかけた。

「これ、取っておかないカ?」

「寝かしても値上がりの可能性はねえが……」

「そーじゃなくて、なんかの記念に飲もうって話ダ。ニックはこういうとき鈍いっていうカ、情緒がないっていうカ」

 カランが面白がるように肩をすくめ、ニックが苦笑した。

「オレは現実主義なんだよ。けどまあ……それも悪くねえな」

「では、いつ飲みますか? ランク昇格したときとか?」

「うーん、それだとすぐに開けちゃうことにならない?」

「十年熟成のボトルじゃし、十年後はどうかの?」

「十年後って、現役で冒険者やってるかわかったもんじゃねえぞ。つーか【サバイバーズ】結成して一年も経ってねえのに」

「じゃからこそ、遠大な目標を立てるのじゃよ」

 キズナのもったいぶった言葉に、やれやれとニックは笑いながら肩をすくめた。

 こうして、酒瓶は【サバイバーズ】が借りている貸金庫に静かに眠ることとなる。

 未来への贈り物として。

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