復讐するは我にあり
ここまで三人の登場人物について語った。
次は、事件について語らねばならない。
ことが起きたのは、クリスマスを目前に控えたある冬晴れの日だった。
クリスマス!
クリスマスとはもちろん性夜である。鈴原鈴香はバチバチに勝負をかけるつもりでいた。これまで埋め続けた外堀を駆け抜けて、一気呵成にお姉様の本丸を攻略するのだ。天守閣に飾られた、シャチホコの尾鰭ひとつに至るまで!
しかし所詮、鈴原鈴香はうぶな乙女である。不安がないと言えば嘘になる。熟慮に熟慮を重ねたデートプランが不発であったら? 観覧車で告白はベタ過ぎるのでは? 告白当日にベッドインを狙うのは、ひょっとするとはしたないのかも……?
また、ロザリオを受け取ってから早数ヶ月、どうにも梨奥院梨子が煮え切らない態度であったことも事実だ。鈴原鈴香が一歩振り込むと、梨奥院梨子は一歩下がってしまう。これではいつまで経ってもソーシャルディスタンスが縮まらない。鈴原鈴香としてはもっと密な関係になりたいのに。
悩み抜いた末、鈴原鈴香は花笠花火に相談を持ちかけた。デートプランと、その後の告白について。
話を聴き終えた花笠花火は、すべてを飲み込むダム穴のような目で答えた。
「うん、いいと思うよ」
「ありがとう! 花ちゃんなら、きっとそう言ってくれると思ったんだ。背中を押してくれて嬉しい。私、頑張るね」
「がんばってね。応援してる」
そして、運命の放課後がやってきた。
鈴原鈴香は、体育倉庫がある校舎裏へと向かった。梨奥院梨子をクリスマスデートに誘うのだ。デートは幾度もしてきたが、これまでのおままごととはワケが違う。緊張に胸が高鳴り、思わずもよおしてしまった。尿意を堪えながらでは小粋なトークは難しい。鈴原鈴香は一度校舎に戻り、用を足して戻ってきた。
校舎裏には、すでに最愛の姉、梨奥院梨子がいた。
鈴原鈴香は彼女に声を掛けようとしたが、寸前で思い止まった。
なぜなら。
梨奥院梨子の前に、花笠花火がいたからだ。
どうして二人が……?
混乱する鈴原鈴香をよそに、二人は何か会話を始めた。花笠花火が何かを言い、梨奥院梨子がうなずく。なんの話をしているのだろう。
次の瞬間、鈴原鈴香は我が目を疑った。
花笠花火が梨奥院梨子の首に両手を回し、妖艶な仕草でその唇を奪ったからだ。
断じて、少女漫画のようなフェザーキスではない。バチバチにえっちなやつだ。今こそ風紀委員として正義をふりかざすべき瞬間だったが、あいにく鈴原鈴香は腰を抜かしていた。
目の前の光景が信じられない。
いや、信じたくない。
もっともショッキングだったのは、梨奥院梨子がまるで嫌がる素振りを見せなかったことだ。彼女のかんばせは、陶酔したように蕩けていた。メロメロだ。反面、花笠花火の目は冷めていた。
やがて二人は唇を離した。しかし梨奥院梨子は、まるで媚を売るかのように花笠花火に寄り添い、その豊満な乳房をぐいぐいと押し付けている。
二人はそのまま、体育倉庫の中へと姿を消した。
からからに乾いた喉で、鈴原鈴香は倉庫へ近づく。何度も足がもつれたが、這うように辿り着いた。
入り口の扉に、そっと耳を押し当てる。
「あっ、ゃん、はなびちゃ、すき、すきぃ」
姉の嬌声が耳朶を打つ。
だがしかし、まだ声だけなら勘違いかもしれない。肩甲骨マッサージの可能性もあるではないか!
体育倉庫には小窓がついていた。鈴原鈴香は窓を指一本分だけ開け、そっと中を覗いた。
「ほらほら、ここがいいんですよね。ほんとうにだらしないひとですね、先輩は。こうやってすぐに気持ちよくなっちゃって」
「は、はなびちゃぁん……」
「今日だって鈴ちゃんと待ち合わせしてるのに、私が声を掛けたらすぐついてきちゃって」
「だって、だってえ」
「ちゃんと約束、守ってますか?」
「うん、うんっ」
「いい子ですね。じゃあこれはご褒美です」
「ふにゃああん♡」
案の定、行われているのはマッサージなどではなかった。バチバチにえっちなやつだった。
しかも姉がネコだった。
鈴原鈴香の世界が灰色に染まっていく。
鈴原鈴香は寮に帰り、しっかりと内鍵を掛けると、ベッドに潜り込んで四十分ほど悶々とした。
ひとしきり満足したのちにベッドを出て、シャワーを浴びた。鬱屈した欲望と想像のなかで汚してしまった姉への罪悪感が、汗やその他諸々の体液と共に排水溝へ流れた後、彼女に唯一残ったものは純粋無垢な怒りであった。
鈴原鈴香は己の魂に問う。
姉をネコにされた妹はどうするべきか。
答えは明らかであった。
復讐だ。それ以外に道はない。
あの憎き花笠花火に正義の鉄槌を下すまで、もはや鈴原鈴香に安らかな眠りは訪れない。偽りの安寧を捨て、怒りの炎に魂を焚べるのだ。
ここに復讐鬼が誕生した。ハッピーバースデー、鈴原鈴香。
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