クエストのある未来的日常

西順

クエストのある未来的日常

 人間が体内ナノマシンと共存するようになって数年が過ぎた。生活をナノマシンがサポートしてくれるようにはなったが、その生活は少々無味乾燥なものになった気がする。


 朝起きると、網膜モニターに今日やるべきクエストが表示される。デイリークエストやウィークリークエスト、マンスリークエストなど、短期や長期でこなさなければならないクエストが、視界の邪魔にならないように端に立ち上がるのだ。


 クエストと言っても『モンスターを倒せ』と言うものではない。『顔を洗え』とか『歯を磨け』とかの日常でこなさなければならないタスクが表示される。もう少し長期になると、『いついつまでに宿題を終わらせろ』だとか、『単位を全て取得して高卒資格を取れ』だとか、そんなクエストもある。


『朝食を食べる』と言うクエストを終わらせた俺は、『私服に着替える』と言うEXクエストを終わらせ、『ウォーキングに出掛ける』と言うこちらもEXクエストをこなす。


 EXクエストと言うのは、エクストラの名の通り、やってもやらなくても良いクエストだ。やるとポイントが多く貯まるので、俺はやっているが。


 クエストはこなすとポイントが入る。現代ではこのポイントがお金の代わりとなり、現代でお金を使って生活をしている人は絶滅危惧種と言って良いだろう。政府も既にお金の生産はやめているし。


 ポイントで手に入るのは嗜好品だ。お菓子やジュース、お酒などは勿論、限定品の服や時計などの装飾品、家具に車、部屋のランクアップなど。様々な物がポイントで買える。ゲームのポイントに変換してゲーム内での充実を図る事も可能だ。ちなみに生活必需品(食料、衣類、バス・トイレ用品等)の類はポイント無しで週一で家に送られてくる。最低限は生活が出来るようにシステムが組まれているからだ。


 ナノマシンに決められたルートを、決められた歩幅や動作、速度で動き、ウォーキングを終えると、シャワーを浴びて部屋着に着替え、またベッドに横になる。今日は勉強ではなく仕事の日だ。


 ナノマシンでネットに繋がり、クラウド上のオフィスに行く。履歴を見ると、この時間からポツポツ仕事を始めている人が既に何人かいた。


 現在人間に求められている仕事は二種類ある。エンターテインメントの分野で人間に娯楽を提供するか、増え過ぎた人類の生存域拡大のプロジェクトに加わるかだ。それ以外の、一次産業、二次産業、三次産業など、人間の生活を下支えする仕事は既に完全ロボット化し、殆ど人間が関わる事はなくなっている。


 俺のやっている仕事は、人類の生存域拡大のプロジェクトに入る。それはクラウド上に作られた宇宙船や仮想惑星、スペースコロニーなどで生活をすると言う、至極単純な仕事だ。


 仕事にもクエストがあり、全員が協力してクエストを達成すれば、そのプロジェクトが本格始動する事になる。つまり、実際に宇宙船やスペースコロニーを造ったり、人類の移住可能な星のテラフォーミングを始めたりする訳だ。


 俺はクラウド上に造られたスペースコロニー内の家で目を覚ますと、またも目の端で立ち上がるクエストに少しうんざりしながら、リビングに出る。


「おはよう、あなた。相も変わらず私よりも遅い出社ね」


 そう声を掛けてきたのは、リビングで動画を流し見しながらシリアルを食している黒人の女性だ。


「別に来れない訳じゃない。向こうでEXクエストをこなしているだけだよ」


「ふ〜ん」


 話があまり膨らまないな。同居生活も二年にもなればこんなものか。黒人の彼女は俺のパートナーだ。つまりこのスペースコロニープロジェクトが実製造となったあかつきには、俺たちは夫婦となる相手なのだ。俺も彼女もまだ十代だ。だと言うのに夫婦の真似事をしているのは、スペースコロニーの実製造にそれなりの期間が必要で、その頃には俺も彼女も大人になっているからだ。


「はあ。何で私、こっちに配属されたのかしら」


 そんなに辟易されてもな。エンターテイメントの方に行きたかったのは俺も同じだ。向こうは歌に踊りに演技にお笑い、新ゲームのモニターなんて事も出来て、楽しそうだ。だけどシステムから俺の適正はこっちのプロジェクトだからと、俺はこのプロジェクトに入れられたのだ。


「その話やめようぜ。クエストで仲良く共同作業をこなしていかなきゃ、ポイントが貰えないんだ。それはそっちだって嫌だろう?」


 彼女の気持ちをなだめるように気を使ったのに、相手は恨めしそうにこちらを見てくる。


「…………はあ。つまんない男」


 人の気も知らないで。と思いながらも反論は無意味と俺も席に着いてシリアルを食べる。それが終われば、地域住民たちとの協力クエストだ。


 家を出てご近所さんたちと挨拶を交わすと、グループに分かれてそれぞれの持ち場に行く。俺の所属するグループの仕事は、スペースコロニーの壊れた箇所の修理である。大体は修理専門のロボットが壊れた箇所を修理するのだが、極稀な可能性として、修理専門ロボットが壊れていたり、修理箇所が同時多発的に生じ、ロボットの数が足りなくなる可能性と言うものがあるので、有人で修理が出来る人間の育成は必須なのだ。


 これと同様に、俺の将来の伴侶が入っているグループでは、野菜などの食物を育てている。いつ食物プラントが機能停止するか分からないからだ。


 ちなみに彼女と別々のグループで仕事をしている理由は、察してくれ。


 こうして今日もつまらない一日が終わり、つまらない彼女とつまらない将来が約束されている事にため息を漏らしながら、俺は仕事終わりにゲーム世界へと逃避するのだった。

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