奪われた身体で僕は

大和滝

奪われた身体で僕は

 微かに映る世界は酷いものだ。

 母さんは号泣していて、母さんを一生懸命なだめている父さん。その2人をとても不安そうに見ている僕の弟と妹。酷い世界だなぁ。

 何日前なのだろうか。僕は事故に遭った。

 交通事故だ。大学生くらいの人が乗っていたバイクにはねられた。あの時確かに信号は青だったはずだから、あっちの信号無視が原因だと思う。

 はねられた瞬間、僕の身体はフッと軽くなった。例えるなら宇宙空間にいるようなものだったと思う。そしてすぐに、聴いたことのない音が聞こえた。痛みと一緒に聞こえた音は、正直言って怖かった。

 そこからは記憶がなくて、今に至る。きっと何日間も眠っていたんだろうな。

 身体は感覚がほぼなく、動けない。口も動かなければ声も出せないし、なんか色々なチューブも見える。見えてはいるが、今自分の目が開いているのかはわからない。ただ、カオスな世界が見えているだけだ。


圭介けいすけ…、圭介…、嫌だぁ……。。」

「圭介、起きてくれよぉぉ。。」


 父さんと母さんのこんな姿、初めてみたな。そんなに泣かないでくれよ。

 ほら両親がずっと泣いてるもんだから、悠太と美奈子が戸惑ってるじゃん。小学生にもなってない2人にはまだわからないよなこの状況は。

 もういいよ2人とも。僕は高校三年生なんだよ。5歳の弟と妹の前でそんなに泣かないでやってくれよ。僕のことはもう、いいからさ…。


「お金なんて要りません!!!4日前の圭介を返してください!!!」

「本当に、申し訳ございません!!」

「謝罪なんていらねえんだ!!元から私たちは許すつもりなどない!!!だから…、私と妻の息子を…、返してくれ。。。誰にでも優しくて、反抗期もなく、状況に対応した気配りができる、自慢の息子なんです。。だから、返してくれよ!!!圭介を!!」


 やめてよ父さん、母さん。

 僕は父さんと母さんの優しくて、時に愛を持って厳しくしてくれるとことかがめっちゃ好きなんだよ。そんな2人が大好きなんだよ。

 だから、知らない人に怨みを抱えて怒鳴っている2人を、僕は見たくない。辛いよ…。

 あーあ、相手の人も萎縮しちゃって。ヘルメットの下はそんな感じなんだな。チャラチャラとした茶髪、本当はいつもいい感じにセットしているんだろうな。

 あのバイクもきっと浮かれたんだろうな。そういう年頃じゃん。仕方ないって言っちゃダメかもしれないけど、その一言でまるまってくれないかな。

 詳しく知らないけど、きっと多額のお金を請求されるんだろうな。辛いよ…。僕をはねたことで、この人と、この人の家族は不幸になるんだ。でも、お金が入るからって、僕の家族は幸せにならない。じゃあどうすればいいのさ。

 それに父さん、僕は自慢の息子なんかじゃないよ。

 反抗期が無かったのも、気配りばかりしているのも、誰かの癇に障って、波風をたてたくなかっただけ。ただ僕は臆病なだけなんだよ。

 それに、優しいのだって当たり前だよ。父さんと母さんを見て育ったんだもん。優しくなるのは自然のことじゃないか。だからさ結局、僕自身が持っているものなんてないんだよ。自分の個性なんて何も無い。ある意味出来損ないだよ。


「この子はバスケをやってるんです。小学校の頃からずっとバスケをやって、試合で勝つために毎日毎日練習して、中学と高校ではずっとバスケ部で、今この子はキャプテンなんです。そして、あなたが圭介をひいた日は、最後の県大会だったんです!あなたは圭介から、バスケも奪った。もう嫌…。夢って言ってください」


 違うよ母さん。バスケなんて本当はどうでもいいんだよ。たまたま小学校の頃に体育の授業で一発でゴールに入ったくらいで友達や先生にはやしたてられて、調子にのってただけなんだよ。それで無駄に練習を重ねてみて、気づいたら中学校でもバスケやってて、初めての公式戦で僕がスリーポイント決めたら母さんめちゃくちゃ喜んでくれたよね。僕それがすごく嬉しくてもっともっと上手くなろうとしたんだ。

 でもさ、実際のところバスケが好きかって聞かれても素直に答えれないよ。結局僕はバスケを上手くやることで褒められたいだけなんだよ。喜んでもらいたいだけなんだよ。だからさ、バスケを奪ったなんて表現は違うよ。そもそも大事に握りしめてたものじゃないんだから。

 お願いだからもうこれ以上、で泣かないでよ。不幸にならないでよ。



  ◇ ◇ ◇



「にいに?なんでずっと寝てるの?」

「にいには眠たいんだよきっと」

「でも、にいにと遊びたいよ」

「僕だってにいにと遊びたいよぉ。。ヒグっ」


 泣いちゃったか。少し日が経って悠太と美奈子もずっと起きない兄ちゃんに疑問を抱いてきた。

 双子で生まれてきた僕の可愛い兄妹が泣いていると僕も悲しくなる。

 今すぐ起きて頭撫でてあげたいな。それができない兄ちゃんでごめんな。


「にいに、最近ねママとパパが元気ないの」

「ママはね、ずっと兄ちゃんのことを呼んでるの。泣いてるの。でね、美奈子も泣いちゃうの」

「にいに〜帰ってきてよ」


 母さん…、父さん…。。。

 ごめん。




  ◇ ◇ ◇



「竹村、大会勝ったぞ。俺らの最後の大会、勝ったぞ?それなのに、なんで………、なんでお前がいないんだよ」

「一年の頃約束したよな。忘れたのか?」

「僕らの代は、この5人全員で大会で勝とうって」

「俺らその約束果たすために、ただでさえ少ない人数だってのに、1人も途中で辞めずに、めちゃくちゃ練習して努力してきたんじゃん」

「そうそう。あの理不尽な先輩とかにめちゃくちゃ悪口言われても、俺らスタメンとか奪ってきてたじゃん」

「なのにさ、なんで最後の最後にお前が…。俺らの中で一番バスケに真剣だったお前が…」


 みんなごめん。でも僕は、本当は…、みんなと違ってバスケをきっと心から好きじゃない。肩なんて並べれてないんだよ。

 それなのに俺がキャプテンなんて…


「そういえばお前、いっつもバスケは別に好きじゃないみたいな感じだったよな」

「そうそう。妙にすましてさ。だけど」

「だけどみんな気づいてたよ。竹村が1番バスケが大好きだってこと」

「バスケしてる時、部室でバスケの動画見てるとき。お前気づいてるかな?めっちゃ笑顔なんだよ」

「マジで、あのお前をみてみんなやる気出してたんだぜ?」

「俺が部活辞めそうになったことあったよな。あの時、お前と1on1してなかったら俺、もうダメだった。ありがとう」

「意識が戻って、動けるようになるまで待ってるから」

「打ち上げするぞ」


 笑顔だった…?マジか。


「圭介、ダメね私。最近泣いてばっかり。家族を縁の下で支えてあげなきゃいけないお母さんなのに、塩と砂糖間違えちゃうわ、悠太の服縮めちゃう。ダメね本当。1番辛いのは圭介なのにね」


「圭介は自分の長所聞かれたらなんて答える?面接とかで聞かれる長所って答えれないよね。圭介はきっと自分のこと、個性がないって思ってるでしょ。だけど母さんは、圭介の長所知ってるよ」


「誰よりも努力ができて、誰よりも人の気持ちに寄り添える。それをきっと圭介は普通だと思ってるでしょ?それが長所だよ。圭介の普通は他の人のとってはそうできることじゃない。私たちはそんな圭介を誇りに思ってる。だから、そんな圭介が私たちをこんなに泣かせるのは…、ダメだよ。。」


「お願い。早く戻ってきて」


 そう言って母さんは病室から出ていった。



 今の世界は暗い。目を瞑っているのか、見えてる状態で暗いのか。どうでもいい。

 眠れない。頭の中が渋滞しているように静まらない。

 僕は、僕は……、未練タラタラだ。

 

 バスケが好きではないって言った。だけど、嘘か。本当は好きなんだ。

 確かに最初は褒められたくて、注目されたくて始めたかもしれない。それを理由にして今まで続けてきたんだ。

 だけど本当は、本当は、バスケが好きだったのに、ただそれに気づかなかった。気づかないふりをしていただけなんだ。

 僕はバスケを捨ててなんていないんだ。ずっと離さないように握りしめているんだ。だけど、もうバスケはできない。

 

 父さん、母さん。僕のことちゃんとみてくれてたんだ。泣かないでなんて思ってごめん。無理だよね。

 父さん。僕のことを自慢にしてくれてありがとう。反抗期が来なかったってのは俺が臆病だったから。でも怖がっていたことって、僕のせいで父さんが頭を悩ませてしまうことだったんだ。

 母さん。僕の長所…、僕の普通を肯定してくれてありがとう。僕は幸せだよ。でも僕の長所ってやっぱり、母さんが、母さんだったからだよ。

 悠太、美奈子。ごめんな。絶対また遊ぼうな。だから今はさ、父さんと母さんをよろしくな?

 僕は適当すぎたんだ。「僕のせいで」なんて大人びたこと言っちゃってた。事故は僕は何も悪くない。でも、この一件で僕は大罪を犯したと思う。

 愛されていることに気づかない。なんて無情だったんだろ。みんなごめん。僕のことをこんなにも大事に思ってくれてるなんて知らずに生きてた。僕は思った以上に愚かだったみたいだ。

 あーあ……


「早く帰りたいな」


 世界がハッキリとした瞬間は眩しくて、涙で濡れていた。

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奪われた身体で僕は 大和滝 @Yamato75

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