わがまま

 翌日、ルイスは一足早く国を発つことになった。ひとまずノアのいる街で色々と教えてもらうことになっている。


 私も一緒に行きたかったけど、私にはまだここでやることがたくさんある。自主退学と国外転出の手続きを、ルイス分もやらなくてはならない。ルイスの家のメイドとうちの優秀なアリスにも手伝ってもらい、何とか数日で終わらせた。


 父親のシルバに今回の件を話すとき、「貴族令嬢が国を出るなんてありえない」と一蹴されるに決まっていると思っていた。そう言われたらシルバが逆上しそうなことを言って家を追い出されてやろうかとも思った。それなのに、シルバの反応は「そうか」というたった三文字だった。




 面倒な手続きが終わって、私は隣国にいるルイスの元へ向かった。私が完全に国を出てしまう前に、ルイスとこれからのことを詳しく話しておく必要があった。


 街に着いて、まずはノアの店へ向かった。シルバから手土産だと言って色々と持たされていたし、お世話になっているお礼も言いに行きたかった。


 「クラム商会」の看板がかかった扉を開ける。


「いらっしゃいませ」


 そう言って出迎えてくれたルイスと目が合った。


「エマ!」


 ルイスは私に駆け寄って抱きついてきた。


「ちょっとルイス!?」

「長旅お疲れ様! 会いたかったよ!」


 耳元で聞こえる愛しい声。伝わる体温。


 嬉しい。嬉しいんだけど……


「ルイス君、一応私もいるのですが……」


 ノアが遠慮がちに言った。ルイスが体を離す。


「ノアさん、すいません。つい嬉しくて体が勝手に動いてしまいました」


 そう言って笑顔を見せた。


 久しぶりに見た元気そうな姿。実際に会っていないのはほんの数日だけど、最後に会った時はまだ体調が万全ではなかったから懐かしいような感じがする。


 私は疑問に思ったことを口にした。


「え、えっと……ルイスがさっき言ってた『いらっしゃいませ』っていうのは?」

「しばらくの間、ノアさんのお店で働かせてもらえることになったんだ。仕事の中で他国のことも学べるし、稼いだお金は旅の資金にすればいいって」

「この仕事は実際に現地の人とやり取りが合ったり、現地の商品を見ることが出来ますから。本で学ぶよりも得られることが多いのではないかと思って提案いたしました」

「そうだったんだ……ありがとう、ノア」

「礼には及びません。ルイス君は覚えが早くて、私も助かっているんです。さあ、せっかくお嬢様が来られたのですから、お2人は二階へどうぞ」

「ノアさん、ありがとうございます。エマ、行こう」


 そう言ってルイスは私の手を引いて階段を上っていった。




 部屋の中央に置かれたテーブルセットに座ると、ルイスは大きな紙を開いて見せた。


「これは今いるこの国を中心とした世界地図。端の方の陸地が途切れて白くなっているところは、ノアさんもその先がどうなっているのか知らないんだって。まだまだ僕達の知らないことがあるなんてワクワクしない?」


 そう言って楽しそうに私に目を向けた。私の顔を見て首を傾げる。


「……エマ、もしかして元気ない?」

「えっ!?」


 自分ではうまく隠せているつもりだったのに。


「やっぱりそうなんだ。悩み事?」


 心配そうにルイスが言う。リアナのこと、話してもいいんだろうか……? いいや、せっかくルイスが元気になったところなのに、話を聞いたことで辛い思いをさせたくない。


「あはは、大したことじゃないんだけどね? お父さんがお土産を買って来いってうるさくて、面倒だなぁなんて、ね」


 そう言っておどけてみせる私を、ルイスは真剣な表情で真っ直ぐに見つめていた。


「隠しておきたいなら、これ以上聞くのは止めるよ。でももしエマが誰にも言えないことを一人で抱えてるなら、僕が必ず味方になるから」


 そんなことを言われると、胸がきゅっと苦しくなる。笑ってごまかすことなんてもうできない。


「私はルイスに辛い思いをさせたくない」

「僕はエマの辛さを一緒に背負いたいな。ダメかな?」

「……そんなの、ずるいよ」

「うん。僕はズルい男なんだ」


 そう言ってルイスは穏やかに微笑む。いつもルイスの優しさに救われてしまうんだ。


「……私、これからすごくわがままで自分勝手な話をする。それでも聞いてくれるの」

「もちろん」


 その返事を聞いて、私は一つ息をついた。そして口を開く。


「リアナと会った。会って、ルイスの体のことや国を出ることを話した。リアナは怒ってた。どうして私に一言も話してくれなかったのって。でも言えなかった! リアナだけには事情を話すことなんて出来ないから……」


 リアナが主人公だから私達は出会ったのに、そのせいで私達は引き離される。


「詳しいことは言えないけど、リアナを中心に世界が動いていて、リアナの決断が結果としてルイスの体に影響を与えたの。だから、リアナとルイスはもう会えないの……」


 こらえきれずに涙が頬を伝った。


「リアナはね、裏切られて傷ついたような顔をしてた。私がリアナにそんな顔をさせたんだよ……私だって三人でずっと一緒にいたかった! でもどうすることも出来なかった……!」


 ルイスは立ち上がって、私を優しく抱きしめた。


「一人で辛い思いをしてたんだね」

「辛かった……!」


 誰も悪くない。この世界だからルイスやリアナに会えた。何も恨んでいる訳じゃないけど、ただただ苦しい。


 涙が止まるまでルイスは優しく抱きしめてくれていた。そっと体を離すと、ルイスが微笑む。


「エマ、話してくれてありがとう。それじゃあ、僕もどうしたら三人で幸せになれるのか一緒に考えるよ」

「一緒に考える……?」

「そうだよ。二人で考えたら新しい方法が思いつくかもしれないし。諦めるのは後からでも大丈夫だからね」


 どうすることもできないって一人で諦めて、そんな風に考えもしなかった。


「じゃあまずは、僕が何にも負けないくらい体を丈夫に鍛えるのは?」

「それはちょっと厳しそう……」


 そんなチートみたいな力、どうやったら身につけられるのか見当もつかない。


「それなら環境の方をどうにか出来ないかな? その世界の影響を受けなくて済むような……魔法でそういう特殊な空間を作れたりしないかな」


 魔法で特殊な空間……? いや、ある。この乙女ゲームの世界には存在しない特殊な場所が!


「それだよルイス!」


 ルイスの転移魔法の転移先、そこは「想像世界みたいな場所で、実際の場所ではない」って前に言っていた。それなら、もしかすると乙女ゲームの影響を受けずにルイスとリアナが一緒にいられるのかもしれない。ただそれにはリアナをその場所に転移させる新しい方法が必要だ。


「私、ノアに相談してくる!」

 



 ノアにこのことを話すと、「私はしがない貿易商なんですが……」と苦笑いしながらも棚から木箱に入った杖を渡してくれた。


 この杖は「付随転移の杖」と言って、転移魔法が使えない人でも転移魔法使用者に付随して転移が出来る魔法道具らしい。その杖をルイスの杖と契約することによって、ルイスが転移魔法を使用した時にリアナもこの杖を持って魔法を唱えるとあの場所へ転移することが出来る。


 あとはこれをリアナに渡すことが出来れば……


 ルイスとノアのおかげで希望がつながった。

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