行ってきます

 私は再び王都へ戻ってきた。お世話になったみんなに最後の挨拶をするために。


 必要最低限の荷物を馬車に乗せ、私はシルバの元へ向かった。書斎の扉を開けると、シルバが手元の本から顔を上げる。


「支度が終わりましたので、出発いたします。……今までお世話になりました」


 そう言って頭を下げた。


「ああ、そうか……」


 そう言って本に再び視線を落とす。また「そうか」と言うだけ。思ったことが勝手に口から出た。


「正直、反対しないなんて驚きでした」


 私の言葉に、ちらっと視線を向けた。


「反対したところで、お前は家を追い出されようと何かしでかす魂胆だったんだろう。そんなことが分かりきっているのに反対するのは無駄だ」

「そう、ですか」


 そこまで読まれていたなんて……まあ反対されないならそれに越したことはない。


「それでは馬車の時間がありますのでこれで失礼いたします」


 そう言ってもう一度頭を下げ、扉へ向かった。


「おい」


 ドアノブに手をかけたところで後ろから声がかかって振り向く。


「何でしょうか」

 シルバは微妙な表情をしていた。

「……その、たまには顔を見せろよ」

 本当に不器用な人だな。


「ええ。そういたしますよ」


 私は部屋を後にした。




 屋敷を出ると、馬車の前にアリスが立っていた。手には私のバッグを持っている。


「こちらがお手荷物です」

「ありがとう、アリス」

 そう言って荷物を受け取った。


「これから学園を経由して、隣国へ出られるのですよね」

「うん。国を出る前にちゃんと話しておかないといけない人がいるから」


 アリスは目を伏せた。


「私は……正直寂しいです。お嬢様が前向きに決断されたことなのに、私は……」


 そう言って震える両手を私はそっと包み込んだ。

「大丈夫。これで一生会えない訳じゃないんだから。それに、私はもう『リーステン家の令嬢』なんかじゃないよ」


 貴族の身分なんて、これから世界を自由に旅する私達にはもう必要ない。


「だから私とアリスの関係は、そうだな……友達っていうのはどう?」


 私の言葉にアリスは遠慮がちに顔を上げた。

「本当にいいのですか、お嬢様……?」

「もちろん。アリスがそれでよければの話だけど」


 アリスはパッと目を輝かせた。

「よくないはずがありません! 嬉しいです!」

「よかった。たくさん手紙を書くよ。それに、住む場所を決めたら必ずアリスを招待する」


「はい! とっても楽しみにしています、エマちゃん!」


「エ、エマちゃん……?」

「はぁーっ! ずっと心の中では呼んでいましたけど、まさか本人を前に呼べる日が来るなんて……! お友達、最高です!」


 そう言ってアリスは両手でガッツポーズを作った。まあ、嬉しそうなら、いっか。


 私はアリスから一歩距離を取って、姿勢を正した。


「それじゃあアリス、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


 アリスはとびきりの笑顔を見せてくれた。

 



 馬車に乗り込んで小窓から屋敷の方を振り向く。見えなくなるまで、アリスはずっと手を振ってくれていた。




 学園に着くと、ちょうどお昼休みになったところだった。教室を覗いてみるが、リアナの姿は無い。


「エマか?」 


 その声に振り向くと、そこに立っていたのはジキウスだった。眉間に皺を寄せて私を見降ろす。


「学園を辞めて国を出るっていう噂は本当なのか?」

「ええ、本当です。……ああ、そうだ。国王様にもよろしくお伝えください」


 私の言葉に、眉間の皺は更に深くなった。


「もしかして、前の国外追放の一件を気にしているのか? それなら別に……」

「いいえ、違います。誰かのせいではなく、自分で決めたことですのでお気になさらず」

「……そうか」


 なぜかジキウスは落胆したような表情をしていた。


「ところで、リアナを見てはいませんか?」

「リアナ? いや、見ていないけど……」

「そうですか。では急いでいますので、こちらで失礼いたします」

「あ……」


 くるりと背を向けて歩き出したが、何となくもやもやしてジキウスの方に戻った。同じ場所にまだ立っていたジキウスは、戻ってくる私を見て驚いたように目を見開いた。


 背伸びをして、その眉間に人差し指をツンと当てる。


「ここばかりに力を入れていると、幸せが逃げてしまいますよ。次の恋は上手くいくといいですね」

「え、あ……」


 再び背を向けて歩き出した。今度はすっきりとした心地で、後ろを振り返ることはなかった。

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