私からの提案

「エマ」


 名前を呼ぶ声がして目を開けると、ルイスが顔を覗き込んでいた。


「ぐっすり眠ってたのに起こしてごめんね。さっきノアさんが来て、夕食はどうするのか聞かれたから」


 窓の方に目を向けると、すっかり暗くなっていた。街を探索するのに疲れて、少しベッドで横になろうと思ったらこんな時間に……!


 私は起き上がった。


「起こしてくれてありがとう。夕食は行きたいところがあるんだけど、いいかな?」

「お店知ってるの?」

「うん。実は昼間にちょっと街を見てきたんだ」

「へぇ……ありがとう。楽しみだよ」


 そう言ってルイスは微笑む。よかった、顔色も悪くないみたい。




 一階で作業をしていたノアに声をかけて、私達は外へ出た。夜の街を街灯の温かい光が照らしていている。


「お店はあっちなんだ……こんな夜にはぐれたらいけないから」


 そう言ってルイスに手を差し出す。


「積極的なエマも素敵だね」

「だって、初めてのデートだから」


 繋いだ手の感触に鼓動が早くなる。並んで歩くと、街の景色はより輝いて見えた。


「初めてと言えば、エマは僕と最初に会った時のこと覚えてる?」


 この世界でルイスと最初に会った時。それは私がエマ・リーステンとしてこの世界に転生してきた日のことだ。


「もちろん。覚えてるよ」


 忘れるはずがない。この世界でルイスに会えてどれだけ嬉しかったかなんて、きっと言葉を尽くしても伝えきれないくらい。


「そっか。あの頃の僕は、先生や両親から求められる自分になろうと必死で、毎日が息苦しかったんだ。どれだけ周りから褒められても、それは本当の自分じゃない気がしてた。第二図書室の管理を申し出たのは、一人でいられる場所が欲しかったからなんだ」


 そう話すルイスの横顔は寂しそうに見えた。繋いだ手に力を籠めると、ルイスもそれに応えた。


「あの場所でお気に入りの紅茶を飲んでいる時だけが、心から落ち着ける時間だった。でもね、本当は心の奥でこんな自分を見つけてもらいたいって思ってたんだ。だから、あの日エマが第二図書室で僕を見つけてくれてすごく嬉しかった。もっとたくさん話してみたかったのに、エマはすぐにどこかへ行っちゃったから」

「あの時は、ちょっと気が動転してて……」

「ふふ、そうだったんだ。名前も分からなくてもう会えないかと思ったけど、エマがまた図書室に来てくれてよかったよ。エマを見てると、可愛くてどうしても意地悪したくなって、そんな自分に気づけたのはエマのおかげだね」


 ルイスは私の方を見て大人っぽく微笑む。そんな表情で見つめられると、勝手に顔が熱くなる。


「い、意地悪って……」

「ほら、そういう顔が好きなんだよ。他の誰にも見せたくないって思うくらいにね」

「そんなの、見せたりしないよ……」

「うん。ずっとそうならいいのにな……」


 ルイスは独り言のように呟いた。どうしてそんなことを言うんだろう。


「ねえ、お店ってあの先に見えるところ?」


 そう言って道の先を指さすから、言葉の意味は聞けずじまいだった。

 




 坂を上った所にあるレストランでご飯を食べて、店を出た。


「すっごく美味しかったね! 今度真似た料理を作ってみようかな」


 ルイスはご機嫌そうに言った。


 レストランのすぐ近くは展望台になっていて、街を一望できた。小さな家々から漏れるオレンジ色の光が夜の闇にキラキラと輝いている。


「綺麗だね」


 ルイスはそう言った。昼間、街を見て回った時にこの場所がきっと夜に綺麗だろうと思って、ルイスを連れてきたかった。


「ルイスはこの街、気に入った?」

「うん、とっても」

「そっか……じゃあさ、私と一緒にここで暮らさない?」


 きっとこの世界の強制力はリアナ主人公を中心に働いている。ルイスがまほプリの世界にもう必要がないなら、消えてなくなってしまうくらいなら、強制力の及ばないこの場所で第二の人生を始めるのはどうだろうか。王都から離れてルイスの体調が回復したことがその証明になっている。


「ううん、別にここじゃなくたっていいの。まだ見たことのない世界を旅して、気に入った場所で新しい生活を始めようよ」


 ルイスは驚いた顔で私を見つめていた。そしてゆっくりと口を開く。


「……エマは、それでいいの?」


 きっとルイスも感覚的に王都では生活できないことを分かっているんだろう。自分は移住するしかないとしても、私を巻き込むことに躊躇ちゅうちょしている。


 安心して。私にはもう、あなたと生きる覚悟があるから。


「嫌いって言うまでは離してくれないんじゃなかったの?」


 私がそう言うと、ルイスはおかしそうに笑った。


「ふふっ……そうだったね。ずっと離さないで、ずっと幸せにするんだ」


 自然と距離が近づいて、肩が触れ合う。


「私、海の方にも行ってみたいな」

「いいね。本に書いてあったんだけど、もっと熱い地域にはそこでしかとれない野菜や果物があるんだって。そっちにもせっかくだから行ってみたいな」

「うんうん。いろんなところに行ってみよう。それで、暮らす場所を決めたら二人でレストランを開こうよ。ルイスは料理が上手だから、きっと評判になるよ」

「そうかな……でもすごく楽しそうだね」

「そうだよ。二人ならきっと楽しい未来が待ってるよ!」




 ノアの家に一晩泊めてもらい、翌朝に王都へ出発した。ノアに私達が決めた未来を話すと、「お2人の決断を応援いたします」と言ってくれた。ノアは仕事柄、他の国々にも詳しいから、どうやって世界を回るか相談にも乗ってくれるそうだ。王都でのいろいろな手続きが終わったら、またすぐにお世話になるだろう。




 王都が近づくにつれてルイスの体調は段々と悪くなり、家に着く頃には高熱で歩くこともままならなくなっていた。やっぱり一刻も早くルイスをこの乙女ゲームの世界から連れ出した方がいい。


 ルイスが自分の部屋で眠っている間に、ご家族と話をした。ルイスはこの場所で生きられなくなってしまったこと。王都から離れることで今までのように過ごせること。二人で国を出ると決めたこと。そんなことを突然言われても信じられるはずがない。それでも、ご家族に理解してもらえないままルイスを国外へ連れ出すことなんて出来ない。ルイスのお父さんは私の話を黙って聞いた後、「分かった。後は目が覚めたらルイスから話を聞こう」と言ってくれた。




 私はルイスの家を出て、学園へ向かった。学園は自主退学という形になるだろう。だから先生に必要な手続きを教えてもらわなければならない。ルイスはもう学園へ足を踏み入れることは出来ないと思うから、私がルイスの分も頑張らないと。


 夕焼けの差し込む校舎には人がほとんどいない。廊下には自分の足音が響く。


「エマ!」


 名前を呼ばれて後ろを振り向く。


「リアナ……」


 そこには心配そうな表情をしたリアナが立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る