馬鹿馬鹿しい話

 二階の案内された部屋はきちんと整っていて、ノアの性格を思わせた。中央に置かれたテーブルセットに向かい合うように座る。


「それで、ご用件は何でしょう」

「最近急にルイスの体調が悪くなって、医者に診てもらったけど原因が分からないの。ノアは博識だから、何か分かることがあるんじゃないかと思って」


 ノアは経営学から、他国の歴史、言語まで多種多様な知識を持っていた。だから、乙女ゲームの世界として私が知っている以上に、ノアはこの世界のことを知っているんじゃないかと思ってここへ来た。


「……私はしがない貿易商なのですが」


 ノアはそう言って困ったように笑った。そして、ルイスの方に顔を向ける。


「今も体調はすぐれませんか?」

「いいえ。出発した時に比べて、今はかなり調子がいいです。どうしてかは分かりませんが……」

「それは安心しました。長旅でお疲れでしょう。隣の部屋に客人用のベッドがありますから、よかったらお使いください」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 ノアは再び私の方を向く。


「ルイス様の症状について、私もお調べいたします。お嬢様はもう少し詳しくお話を聞かせていただけませんか」

「ええ、もちろん」


 ノアはルイスを隣の部屋へ案内していった。少しして一人で戻ってくる。


「隣の部屋まで声は届きませんよ。お嬢様はルイス様の体調不良の原因について、何か思い当たるところがあるのではありませんか?」


 そう言って目の前の席に着く。さすがノア、鋭い。


「実は、ルイスが体調を崩したタイミングと、あるイベントの発生が重なってて……」

「イベント、ですか?」


 ノアは首を傾げる。


 ここは乙女ゲームの世界で…なんて話、誰も信じられるはずがない。何をバカなことをって笑われるかもしれない。それでも、ノアに聞いてほしくなった。


「馬鹿馬鹿しい話だと思うだろうけど、この世界には一つの目的に向かった強制力みたいなものがあって、ルイスは自分の持つ役割を果たさなくなったからこの世界から消されてしまうんじゃないかって……」


 ノアは口元に手を当てて微笑んだ。


「とても面白いことをおっしゃいますね。ですが、お嬢様がそこまで思うからには私の理解が及ばない何かがあるのでしょう」


 そう言って、顔の横に指を二本立てた。


「二つ、気になる点がございます。一つ、その『世界の強制力』というものは、どこまでの範囲の世界を指すのでしょうか。もしその世界の範囲に私も含まれているのなら、私は自分の持つ役割を果たしているから生かされている、という事でしょうか。そしてもう一つ、現在ルイス様の体調がよくなっているのはただの偶然でしょうか」


 この世界の強制力が及ぶ範囲……まほプリシリーズにはノア・クラムという人物も、国境を越えたこの街も存在しない。それでも、ノアには生まれてから今までの人生があって、この街にもいろんな人たちが暮らしている。まほプリの世界から外れた世界にも、等しく生活が存在している。


「……ありがとう、ノア。もう少しで分かりそうな気がする」

「お役に立てたのなら何よりです。お嬢様もお疲れでしょうから、よろしければこちらでお休みになってください。日が落ちたら過ごしやすくなりますので、ルイス様と街をご覧になってはいかがですか。妹も、この街の夜の景色には大層喜んでいました」

「妹さんに会えたの?」


 確か、王城で最後に話したときに「生き別れた妹に会いに行く」と決意していた。


「ええ。手紙に現在の住所を書いて送ったら一人で突然やって来て、それはもう驚きましたよ。私が家を出て行ったっきり一度も手紙を寄こさなかったので、ひどく怒られましたがね。それからは時々ここへ来て、仕事を手伝ってくれるのです」


 そう話すノアはとても嬉しそうで、私も幸せな気持ちになった。


「それはよかった。私は元気だから、昼間のうちに街を一通り見て回ってこようと思うの。夜にルイスを案内できるようにしたいからね」

「かしこまりました。それでは私は一階で仕事をしていますから、何かありましたらいつでもお声がけください」


 ノアが一階へ降りて行った後、私は隣の部屋に入った。二つあるベッドの片方で、ルイスは穏やかな寝顔を見せていた。その髪にそっと指を通す。


 ルイス……もう少しで私達の答えが見つかるから。もう少し待っててね。


 そして部屋を後にした。

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