仰せのままに

「まずはどこに行くの?」

「うん。最初は王都で一番大きなマーケットに行くよ。エマは行ったことある?」

「ないなぁ。私、家と学園以外の場所ってあんまり知らないんだよね」


 なんせ転生してからまだひと月弱。それに一人で休日に外へ出ようものなら、「どこに行かれるのですか? それにお一人で? わたくしもお供いたします!」と過保護なアリスがもれなくついてくるから、そう簡単には出かけられない。


 ただ今日は「ルイスと出かける」と言ったら、「コーネル家のご令息ですか……分かりました。旦那様には私が上手く話しておきますので、ご安心ください。ただし、帰りは遅くならないようにお願いしますよ」とすんなり送り出された。


「そっか。初めて行くなら驚くと思うよ。これから行く『ラーキア』っていうマーケットは他の国と比べても規模が一回り違うからね」

「へぇ……それは楽しみ。ルイスはよく行くの?」

「茶葉を買いに月1、2回は来てるかな。ここには世界中のいろんな茶葉が集まってるから、新しいものがないか探すのが宝探しみたいで楽しいんだ」

「そうなんだ。ルイス、紅茶好きだもんね。いつも入れてくれるお茶、どれも美味しくて好きだなぁ」

「喜んでもらえてよかった。第二図書室に置いてるものは特にお気に入りなんだ」

「そういえば、ほとんど使ってないとはいっても、図書室に茶葉とかティーセットを勝手に置いてて大丈夫なの?」


 心配する私とは対照的に、ルイスは穏やかな様子で答えた。


「それは問題ないよ。第二図書室の掃除や管理を引き受ける代わりに、あの場所を好きに使わせてもらってるんだ」

「ああ、そうだったんだ」

「ところでエマ」

「なに?」

「僕はそういうわけで第二図書室で何かがあるときは一番に先生から連絡があるんだけど、蔵書点検があるなんて一言も聞いてなかったな」

「あ……」


 リアナの握手会をやった日、ルイスがミーシャに会わないようにと嘘の情報を伝えてまっすぐ家へ帰ってもらった。ルイスは「分かった」って一言だけでそれ以上聞いてこなかったから、上手くいったんだと思ってたのに……


「何か事情があったんでしょ? 僕が知らないほうがいい事ならそれでいいんだけど、もしエマが誰にも言えないことを一人で抱えてるなら、僕が必ず味方になるから」


 ルイスは真剣な顔でそう言った。その真っ直ぐさがくすぐったくて、私は顔を背けた。


「……ありがとう」


 実はここが乙女ゲームの世界で、私は別の世界から転生してきたなんて誰にも言えるはずがない。それでも、そんな風に優しい言葉をかけてくれることが嬉しかった。


「あれ……ごめん、僕もしかして的外れなこと言ったかな? もちろん言ったことに嘘はないんだけど、そんな大ごとじゃなかったりして? 変な空気にしちゃったよね! これって減点!?」


 ルイスの慌てっぷりに思わず吹き出す。


「あはは、減点なんかじゃないよ。そんなに気にしてたんだ?」

「だって、エマにたくさん楽しんでもらいたいから」


 そこは私じゃなくてリアナでしょ。まあ、今日は私が代わりだからそれでいいか。


「それなら120点取れるくらい、私のことをたくさん楽しませて、たくさんドキドキさせてよね!」

「もちろん、仰せのままに」


 そう言ってルイスは微笑んだ。




 目の前には色とりどりのテントが立ち並び、野菜や果物、アクセサリー、それに魔法で使う杖までいろんなものが売られている。あまりにもテントの数が多くて、どこまで広がっているのかも分からないくらい。


 大人から子供までたくさんの人たちが行き交い、まさに「王都で一番大きなマーケット」と呼ぶにふさわしい賑わいだ。


「すごい……」

「そうでしょ。大体800店くらいは……」

「800!?」


 そんなにお店があるなんて、前世では見たことないなぁ。全部回ってたらあっという間に日が暮れてしまいそうだ。


「たくさんあるから、大抵のものは揃ってるよ。エマはなにか欲しいものある?」

「そうだなぁ……珍しい野菜とか果物は見てみたいかも。ルイスは?」

「僕はエマに似合う髪飾りとか……」

「この前ネックレスくれたばっかりでしょ! 何でも買ってあげるのはダメ!」


 そうやってなんでもしてあげて、ついには「しもべ」扱いされた男を私は知っている。


「そんなぁ……エマと一緒にお買い物したかったのにな」


 そう言って拗ねた顔をした。


 ああ、もう!


「じゃあ、私もルイスに何か買ってあげるから! おあいこなら許す!」

「エマ、ありがとう!」


 ルイスは嬉しそうに笑った。


 全くこの男は……顔と性格がいいからって、なんでも許されるわけじゃないんだぞ!


「じゃあまずは野菜と果物を見に行こうか。中央エリアに食品系のお店が多いからそっちに向かおう」

「さすが。よく分かってるね」

「もちろん。はい、エマ」


 そう言って、ルイスは私に手を差し出した。えっと、これはつまり……!?


「ここからは人が多いからね。上手くエスコートできないのは減点対象でしょ?」


 ルイスは余裕そうに微笑む。


「確かにそうかもね」


 平気なふりをして私はルイスの手を取った。

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