予行練習と本番
ルイスに案内してもらいながら私達は中央エリアをまわった。マーケットが初めての私にルイスが珍しい野菜や果物を説明してくれるんだけど、正直私はそれどころではなかった。
前に第二図書室で手を合わせた時だってドキドキしたのに、今は手を繋いで歩いている。手の感覚も、自然と近くなる距離も、歩調を合わせてくれる優しさも、全部が心を乱す。
「エマ?」
「あっ、ごめん。なに?」
ルイスと目が合う。それだけでまた体の熱が上がった気がした。
「顔が赤いね。どこかで休憩する?」
ルイスは心配そうに私の顔をじっと見つめた。
あー、ダメダメ。今日はリアナの代わりなんだから私がしっかりしなくてどうするの。全てはルイスとリアナのデートが成功するように、でしょ。
「ううん! 大丈夫。天気がいいからちょっと日に焼けたのかも」
「そっか。それじゃあ中央エリアの食品のお店は大体見たから、次は西エリアに行こうか。そっちは装飾品のお店が多いし、建物の陰になってるから涼しいと思うよ」
「うん。そうだね」
西エリアに移動すると、髪飾りやスカーフなど様々なお店が並んでいた。
「エマは何でも似合うから迷うなぁ」
「そんな女たらしキャラみたいなこと言わないの」
私の言葉にルイスは不思議そうな顔をした。
「エマにしか言わないよ?」
ああ、もう……私じゃなかったらとっくに勘違いして好きになってるんだから!
近くのお店に目を向けると、そこには巻かれた色とりどりのリボンが並んでいた。
「この色……」
私は水色のリボンを手に取った。
「どうしたの?」
「このリボンの色、リアナの髪の色にそっくりだなと思って」
「本当だ。こんなに色の種類があるなら、エマと同じ髪色のリボンもありそうだね」
「ルイスのもね」
二人で話していると、店主の女の人が口を開いた。
「リボンにお名前の刺繍を入れることもできますよ。贈り物にもいかがですか」
私達は顔を見合わせた。そして頷く。
「お願いします!」
マーケットを出た後、私達は近くのカフェに入った。大通りに面したテラス席に座る。
ルイスは紅茶、私はフルーツジュースを注文した。
「いいものが買えたね。リアナの分は私が持っておくから、今度一緒に渡そう」
「そうだね」
三人の髪色のリボンにそれぞれの名前を刺繍してもらった。私は金色、リアナは水色、そしてルイスは白色。お揃いのものを持てて嬉しいだなんて、ちょっと子供っぽいかもしれないけど。
二、三十席もあるテラスはほとんど埋まっていて、賑やかな話し声が響く。
「結構賑わってるね。お昼時っていうわけじゃないのに」
「それはちょっと理由があるんだけど、見るまでお楽しみね」
どういう事だろう……? それに席から見える沿道にもたくさんの人が集まっている。そのことも関係があるのかな?
「ほら、来たよ」
ルイスの声に顔を向ける。すると大通りの向こうから綺麗な恰好をした男女が十人くらいやってきた。彼らは沿道に集まった人たちに深々とお辞儀をし、そして懐から杖を取り出す。
彼らが杖を振ると、空中にオルガンやハープ、ギターのような楽器が現れた。そしてまた杖を振ると楽器が音を鳴らす。杖の動きに合わせて音が繋がって、軽やかなメロディーになる。杖を振る彼らはまるで踊っているみたいだった。
「きれい……」
「音楽魔法って言うんだ。風魔法とか光魔法とかいろんな魔法を組み合わせてるから習得が難しくて、王都でもなかなか見られないんだよ」
ルイスが小声で教えてくれる。
「へぇ……」
美しい旋律が青く澄んだ空に響く。ルイスはどうして私をここに連れてきてくれたんだろう。ただの友達と来るにはお洒落すぎるような気がする。
「エマと一緒にこれてよかった」
呟くようなその言葉が胸に残って何も言えなくなってしまった。
彼らは杖を懐にしまい、観客の私達に深々とお辞儀をして帰っていった。
「素敵だったね」
そう言ってルイスは私に微笑む。
「うん。本当に……」
素敵な時間だった。この時間が終わってほしくないって思うくらいに。ずっとあの美しい音楽を聴きながらルイスの隣にいたかった。
「今日はすごく楽しかったよ。エマに採点してもらってるのを忘れちゃうくらいにね。それで、今日の僕は何点だった?」
……そうだった。つい本当のデートみたいに思ってしまっていた。
「減点もあったし、あんまりよくなかったかな……?」
「そんなことないよ。120点。最高のデートだったよ」
自分で声に出して胸がきゅっと締め付けられる。今日のデートは予行練習なのに。
「本当!? よかったぁ」
そう言ってルイスは私の手を取った。
「今日は来てくれてありがとう。幸せな一日だったよ!」
ルイスの嬉しそうな表情に胸が痛んで、私は思わず手を引いた。そして顔を背ける。
「もう……! そういうことは私じゃなくてリアナにやらないとダメでしょ」
反応が無くて顔を向けると、ルイスは手元のティーカップに視線を落としていた。
「ねえ、初めてエマとリアナと三人で話した時のこと覚えてる? その時僕は『誰かが来てくれるのをずっと待っていたような気がする』って言ったんだ」
そう言ってティーカップを持ち上げ、焦らすように口をつけた。その言葉の続きを待ってしまっている自分がいる。
そしてティーカップを置いて私と視線を合わせた。
「あの場所で最初に僕を見つけてくれたのは君だよ、エマ」
ルイスはらしくない、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
ゲームの時の印象とは違う表情のはずなのに、勝手に鼓動が早まる。
もしかすると私は
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