8.
「ねえ、観覧車って、一周でどれくらいあるか、知ってる?」
いつの間にか頂上を通り過ぎ、だんだん地面が近づく観覧車の中で、彩紗が切り出した。
「どれくらいって、時間のこと?」
「うん。何分ぐらい、だと思う?」
「えー…………七分、とか?」
「ちょうどいい塩梅だね、でも残念。本当はその倍、十五分だって」
「へー、案外長いんだね」
「そ。だからここまで景色見たり写真撮ったりしてる間に、もう頂上は過ぎて、もう下り坂ってこと」
「そっか。でもすぐに感じたな」
「うん。楽しい時間はすぐ過ぎるもんね」
「……」
「……」
彩紗の噛みしめるような言葉の後、沈黙が観覧車を満たす。
「……あっ、そういえばこの先行くところ考えないと」
「そ、そうだったね」
狭い空間が、妙な気まずさを増幅させる。
「もう今七時になるから、ボウリングとか?」
「ぽい。大学生の飲み会の二次会みたい」
「じゃあそこは一旦決まりだな。で、そこからはどうしようか。流石に朝まで投げるの耐久はきついでしょ?」
「そうだよね。どこか宿取れるかな」
「……あ、そうか。宿探ししないといけないのか。じゃあボウリングは白紙にして、えーと、この近くのホテルは……」
本当は気づいていたが、なかなか言い出す勇気が出なかった。それこそ、本当に誘拐になるのでは、と思ってしまう。
「ねえ。せっかくだからさ、もうちょっと遠くに行ってみない?」
悪魔がささやくような内容だが、彩紗が言うと天使のささやきのように聞こえる。
「え?」
「だって、誘拐、だよ? どうせ誠吾のことだから、いくら私の親に顔が知れているとはいえ、さすがに許可もなしに二人きりで外泊するのはちょっと……とか思ってるんでしょ?」
「……エスパー?」
「かもね。君限定だけど」
「はぁ…………でも、遠くって、どこまで?」
「観覧車降りてから駅まで行って、そこから宿が空いている時間になるまでに、到着出来る場所なら、どこでも」
「ってなると、県またいでちょっと行ったところになるんじゃない?」
「じゃあそこで探してみよっ。そこ、温泉とかあったはずだし」
「確かに、あそこまで行けばどこかは空いてそう。っていうか、その近くのビジネスホテル二部屋取るとかでいいんじゃない?」
「お金は気にしなくていいよ! もし足りなくなりそうだったら、私が出すし」
「いや、それは絶対にやめて。俺が好きで付き合ってるんだから。それに、一泊で終わらないかもしれないんでしょ?」
「え?」
「だって、さっき言ったじゃん。彩紗が話したくなるまで、俺はそばにいるって」
「……ありがと」
手元で探した、ちょうどよさそうな宿を予約する。
「よし、予約取れた」
「早っ」
「まあ、ネットでちょちょいとやったらすぐだよ。ほら、もうそろそろ降りそうだし、さっき送ったルートで行くからね」
「おおっ、頼もしいこと言ってくれるじゃん! よろしくね。誘拐犯くん?」
「それ絶対降りてから言わないでよ!」
「どうかなー?」
そう言ってからかうように笑う彩紗。
俺はもはや、彩紗が笑っているところを見ることができればいい、と思っている。そして同時に、彩紗が背負う何かしらの重荷を、俺が支えることができるのか、不安になる。もちろん、その二つの感情を天秤にかけたら、片方は高く上がり、片方が土台に着く。
「とりあえず、離れないように着いてきてよ」
「ふふふ、分かったよ。頼りにしてるからね」
こちらに微笑みかける彩紗を、俺は今から誘拐する。
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