3.

「やっと着いた」


 彩紗は汗をハンカチで押さえて拭く。


「ここは、水族館?」


「そうだよ。まずはここかなって」


「ここは前座ってことか」


「前座って、水族館に失礼じゃない?」


「それは、そうかも」


「入ろ」


 チケットを購入し、中に入る。青色の照明に包まれるが、なぜか落ち着く。


「ねえあそこ! 大きいエイがいるよ!」


「ほんとだ。なんだかんだ水族館に来たの久しぶりだし、泳いでる魚見るだけで新鮮かも」


「魚だけに?」


「えっ?」


「いや、魚だけに、新鮮なのかなって。ほら、ピチピチーって」


 彩紗は手をひらひらさせる。


「あ、ああ、そう」


「もう! 説明させるのはタブーなんだよ?」


 反応に困る。なぜなら。


「あのさ、彩紗ってそんな冗談とかいうタイプだったっけ」


「……え?」


「いや、昔から彩紗って、俺が何かしでかす度に叱って、何か茶化す度に笑って、っていう感じだったから、自分からそういうの無かったかなって」


「……まあ、変わるよ。私だって。誠吾とは、なんだかんだ長い付き合いになるけど、ずっと一緒にいたわけじゃないでしょ?」


「まあ、中学入ってからはだんだん話さなくなったし、高校からは別々だったからな。それでも大学に入って、それぞれ余裕出来てから会うようになったし、割と最近の彩紗はわかってたつもりだったけどなー」


「女の子は気分屋なんですー。昔みたいに毎日顔を突き合わせてるわけじゃないんだから、ね」


 彩紗は先の方に進む。後に続いて、大きな水槽の前にあるベンチに二人で座る。


「よいしょ。ふー、疲れたー」


 彩紗は一息ついて、カバンから出したペットボトルのお茶を飲む。


「ぷはぁ」


「乗り換えてからずっと立ちっぱなしだったからな。ちょっと休憩する余裕はありそう?」


「うん。ちょっと落ち着こうか」


 彩紗は視線を、水槽の上の方に遣る。


「ねえ。水族館の照明って、何で青いと思う?」


「え? うーん…………ムード作り?」


「あるかもね」


「あとは、落ち着く、とか」


「それもあるかも」


「正解は一つじゃないの?」


「うん。多分、今のは全部正解だし、私の知ってるのも、多分正解」


「どんなの?」


「それはね」


 彩紗は荷物を置いたまま立ち上がり、座る僕と、水槽の魚の間に立つ。


「魚から、人を隠すためだよ」


「隠すため?」


「そう。青色の、それも暗めな青の照明を使うことで、魚たちはこっちを認識せずに、リラックスすることができるんだって。神経質な魚も見れるのは、それが理由」


「なるほど。だから水槽を叩くなって紙も貼ってあるのか」


「そうそう。もしこっちのことが分かってて叩かれるならまだしも、急に振動が水に伝わったら、誰だって驚くよね」


「へぇ……」


「…………この照明が、私たちを隠してくれたらいいのにね」


「え?」


「さっ、そろそろ先に行こっか。お土産も買いたいし」


 彩紗は荷物を背負い、白い照明の方に歩いて行った。

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