第8話 トーハク異蹟のアーティファクト


「誰でも助けるなんて、随分とお人好しですね。いくら時間があっても足りないんじゃないですか?」

「誰でもってことはないよ。今のマキくらいに追い詰められてそうな人間には、ここでもそんなに出会わないからな」


 そこまで追い詰められた人間は、もうすでにダンジョンのどこかしらで死んでいることの方が多い。

 マキが死ぬ前に、俺と出会ったのはかなり奇跡的なことなのだろう。


 大体、ダンジョンに関わっていなかった人間が、突然ダンジョンに潜って、このカハク異蹟まで来れるというのも奇跡的だ。

 このあたりはランク6といったところだが。ランク6だって珍しくはないと言えど、簡単な道のりではない。

 ジョンリーダーズのように、圧倒的な高ランク探索者に引っ張ってもらうならまだしも、マキはソロだ。

 自分の力だけで、ここまで来れるというのは、かなりの才能があると見込んでもいいかもしれない。


 自分の力で、と言っても、もちろん。すでに攻略法が確立された他の誰かが突破した階層なんて、最前線とは比較にならない低難度とはなる。

 現在で言えば、ランク7からランク8相当に上げる苦労と、ランク6から7に上がる苦労とでは、雲泥の差があるのだ。



「それに、言っただろ。対価は貰うって。命張ってタダ働きは流石にしないさ」

「……私で、用意できそうなものを、考えておきます」

「それって、交渉成立ってことか?」

「いえ。それ以前に、私はもうすでに一度助けられてますから……」


 たしかに、つい先ほどの恐竜から守ったのだって、彼女目線では助けられたということになるのか。それにも対価が必要になるはずだ、と思っていると。


 律儀だな。

 俺が触れないなら、わざわざ言わなければよかったのに。


 ダンジョン内での理屈として考えれば、その通りだが。

 俺としては、マキに辿り着く前に倒しきれず、逃したからだと思っていた部分が半分以上ある。


 いや、そもそも彼女は、あの大型恐竜モンスターが、俺が戦っていた相手だということを知らないのか。


「それは、まあおいおいでいいよ」


 だから、俺はとりあえずその一件を棚にあげることにした。


「で、ウエノダンジョンにはいろいろあるけど、何が目的だったんだ? 何も目的もなく突貫するような場所じゃないはずだけど」


 ウエノダンジョンは、元々多くの博物館などが集まっていただけあって。日本でも有数、世界的に見ても珍しいくらいに多くのアーティファクトが発見されるダンジョンだ。


 それなら人も多いんじゃないかと言われると、そうでもない。

 アーティファクトを狙う探索者は、専用の装備になりがちだし。アーティファクトは値段も価値も玉石混交となるために、収入も安定しない。

 金が欲しいだけなら、他で作業的に換金率の高いモンスターを乱獲したほうが、手っ取り早いし安定するのである。



 となると、わざわざウエノダンジョンを目指す理由なんてかなりしぼられる。

 アーティファクトの奇跡を使いたいのだろう。


 異蹟から発掘されるアーティファクトには、特殊な能力が付与されたものが存在する。その中には、現在広まっている魔法のたぐいでも再現不可能な奇跡を引き起こすものも含まれている。

 しかし、一方でこれらの効果を享受するためには、実際にアーティファクトを発掘した探索者にでもなければならない。


 大抵のアーティファクトには、元の持ち主というものがあるし。

 特にこういった特殊な能力を持つものの多くに対しては、貴重な文化財として略奪への国家レベルの警戒感が持たれている。


 そういうめんどくささも、アーティファクトを狙う探索者人口が少ない理由の一つだ。



「トーハク異蹟にあるっていう、ミイラはご存知ですか?」

「あー、あれか」


 ミイラ、特にエジプトの考古学的なミイラは、非常に貴重なアーティファクトの一種だ。

 ダンジョン化しなかった地域で保管されていたため、アーティファクト化したミイラは数えるほどの異蹟にしか存在しない。


 しかし、もっとも重要な理由は、このミイラのとある噂にある。

 それが、ミイラのアーティファクトとしての能力は、死んだ人間の蘇生である、という噂だ。

 今のところ、ミイラに該当するアーティファクトは発見されてはいないはずだが。そんな噂が囁かれているのだ。


 死者の蘇生なんて怪しさ満点だが、実は意外ともっともらしい話だ。

 アーティファクトとしての能力は、その物品に込められた人間の想いによって定まる、という説が有力となっている。

 ミイラは、死者の復活を願って作られたのは有名な話。それも紀元前ウン千年という代物なら、それくらいの能力があってもおかしくない気がしてくるのだ。


 かく言う俺は、実は信じてない。

 死者蘇生は不可能だろう、というのが。まあ、いろいろ経験してきた俺の立場だ。

 不可能なので、先ほどの説明を踏まえると、蘇生に似た効果は示せるんじゃないかというのが俺の予想。例えば、瀕死の人を蘇生できたり、死者を生きてるかのように操れたりと言った具合だ。



 しかし、まさかそんな俺の意見をマキにぶつけるわけにはいかないだろう。

 なので俺は少しばかり遠回しに伝えることを考えていた。


「誰かの蘇生を、願ってるのか?」

「いえ、流石に蘇生なんて信じてませんよ」


 意外にも、マキの答えは冷淡だった。


「蘇生こそできなくても、近いことはできないかな、って」

「それなら、別にミイラのアーティファクト以外のやりようがあるんじゃないか?」


 しかし、マキは、俺のそんな疑問に首を振った。


「今、見つかってる範囲のものでは、無理だって言われたんです。だから、なにか新しいものを見つけないと、いけないんです」


 誰に言われたのか。というのを聞こうとして、俺はやめた。

 マキは、その言葉を心底信じているようだった。


 すでに大金を積んで、その事実を確認したのかもしれない。

 俺は彼女の事情に踏み込んでいいものか、決めあぐねていた。




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