第7話 勇者サワダくん
勇者サワダくん。
それは数年前、ネットで流行りに流行ったネットミームである。
どうでもいいが、"くん"まで入れて勇者サワダくんなのか、勇者サワダだけでもいいのかについては人によってさまざまで、見解が分かれているらしい。どうでもいいが。
「異世界から帰ってきたせいで、ダンジョン災害が起こったっていう、あれだよね?」
「俺としては、関係ないつもりなんだけど」
「じゃあ、やっぱりただの噂だったんだ」
ダンジョン災害というのは、もう7年ほども前となる大災厄のことだ。
世界中に同時多発的に初めてダンジョンが発生した事件。
あれから世界は様変わりした。
エネルギー、材料、その他ほとんどあらゆるものがダンジョン産への置き換わりが進み、いくつかの環境諸問題は解決したとさえ言ってもいいだろう。
一方で、最初の大災害における大勢の犠牲者に対して、責任の所在を求める声は大きかった。
死を目の当たりにして、やるせない憤りをぶつける相手が欲しかったのだ。
そして日本には折良く都合の良い人物がいた。
勇者サワダこと沢田アキト。
何を隠そう、つまり俺である。
俺目線の話をすると、勇者サワダはダンジョン災害とは無関係だ。
少なくとも心当たりはない。
異世界に渡ったこと自体が原因だ、などと言われたら関係は否定できないが。
それならそれで、俺を異世界送りにした異世界の連中のせいであって、俺のせいじゃない。
とにかく俺のせいではない、はずなのだが。
それでも世間は、それはもう大炎上した。
「まあ、だれも信じてくれない方がマシだったかもな」
むしろ一方が悪い、という単純な話なら、ここまで酷いことにはならなかったんじゃないかと、今になっては思う。
少なくとも年単位ということにはらなかっただろう。
どこぞの芸能人の炎上のように、せいぜい数か月もすれば忘れられていったはずだ。
「そんなこと……」
マキの言葉は続かなかった。
あの時。
勇者サワダがダンジョン災害の原因じゃないかと噂になり始めた時。
俺が無関係だということを支持する擁護派と、バッシングして攻撃してくる批判派で真っ二つに分かれ。大論争となった。
自称知識系WeTuberや炎上系など様々に取り上げられて、各々が擁護、批判の側に立っての大喧嘩へと発展。
政治論争にまでなったのだから、事態の大きさがわかるだろう。
しかし、あれから何年も経った今でも、ダンジョン災害の原因は結局わかっていない。
ダンジョンが急に現れた理由もわからなかった。
このことからわかる通り。
すべては不毛な議論だったのだ。
そうであるからこそ、あの時の論争にも、いつまで経っても結論が出ることはなく。
ただただ俺の悪評と、顔写真、その他もろもろの個人情報が拡散されるだけで終わったのである。
世間ではただの論争に過ぎなかったのだろう。
だが、当事者としてはどうだ。
今でも当時の俺の言動、動画、写真はネットに残り。
新たなコンテンツの下敷きになっている。
俺はいつしか、いわゆるネットミームになっていた。
冗談半分だろうが、新たな素材の提供をのぞむ者さえいる。
世間の目は、ずっと俺から離れることはない。
この覆面だけが最期の砦となったのだ。
「あんな状況でも俺から離れていかないでほしかった、なんて言わないさ。家族でさえ俺から逃げた。ましてや所詮、赤の他人にはな」
「……っ」
結局、俺は学校を中退。
繰り返されるネット上の他人の嫌がらせに、家族からも見放されて、行く当てもなく。
よく考えればそもそもの元凶もいいところだが、ダンジョンへと向かうこととなった。
もっとも、俺にはそれが一番よかったのかもしれない。
勇者として異世界を救った経験は、戦闘技能としてダンジョンでも十全に役に立った。
それにダンジョンなら、誰とも顔を合わさずに済む。
それこそ覆面をしていても、許されるのがダンジョン探索者。
まさに天職だった。
俺がいた攻略組は、金がかかる割に儲からないこと以外は。
マキは、俺のトゲのある言い回しに、一切反論することはなかった。
俺を退学にした学校の対応を評価する声と、批判する声が交錯していた中。
ネット上の口では擁護する人がいても、現実の俺についてくる人はいなかった。
学友だってそうだ。
マキもその中の一人。
まあ、関わるだけで世間にさらされるとわかりきっている相手に、近づかせる親御さんもいないのだろう。
背景としての学校が出てくる前に、さっさとどこかに追いやって、世間の目を逸らしてほしいとさえ思っていた者たちがほとんどのはずだ。
「……酷いことされたって思ってるのに、なんで私を助けてくれるって言ったんですか」
「別に。みんなそうだったんだから。リアルの知り合いに限って、殊更に避ける必要もないだろ。誰にでもそうしたってだけだ」
まあ、彼女が本当にもうワンチャンに賭けていて、目が死んでるみたいな状況だったら、助けを申し出なかったかもしれない。
何か勝算のある目論見があって、そのヴィジョンに向かって邁進している彼女を助けたいと思っただけだ。
「そう、ですか……」
マキは目を伏せがちにして、そう答えた。
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