第6話 疎遠になった幼馴染
顔を上げた少女、その顔に俺は見覚えがあった。
「もしかしてマキなのか?」
と口に出そうになったのを、俺はすんでのところで止めた。
俺も彼女も配信中だ。
身バレにつながるような個人情報の公開は、厳に慎むべきだろう。
幸いというべきか。
この覆面のおかげで、彼女はまだ俺があの"沢田アキト"だと気が付いてはいないだろう。
俺さえ注意を払えば、穏便に済むはずだ。
マキと俺は浅からぬ縁かと言えば、そうでもない。
いわゆる疎遠になった幼馴染。
しかも小中学校からの縁ではあるものの、高校は別なので結構な人数がいることだろう。
その中の一人のことを俺が覚えていたのは、ひとえに彼女の名前が特徴的だったからに違いない。
牧原多万喜。"マキ"がフルネームに二つ入るということで安直にマキマキだとかマキなどというあだ名がつけられていた。
そんなエピソードを覚えていたために、俺の記憶に深く残っていたのだ。
[氷冷狐サワー:結構かわいいのむかつく]
俺の視界に入っていた配信画面のチャット欄に、新たなコメントが追加されたのを見て、数秒ばかりボーッとしていたことに気が付いた。
こうして二人して面と向かって突っ立っていてもしかたない。
「今のは、追いやったとか、モンスタートレインとかそういうのじゃないんだ。ここで撮ってるから……」
「いえ! 疑ってなんか! だから、その……。ありがとうございました」
他人行儀さを見るに、やはり俺が沢田アキトだとは気が付いていないのだろう。
とはいえ、もし気が付いていたら、どんな反応をしていたか、と聞かれても皆目見当がつかない。
いや、気づいていても、疎遠になった中学校が同じだっただけの関係なら。
ましてや、あんなことがあった関係なら。
他人行儀に振舞うかもしれない。
俺ならそう振舞う。たぶんね。
「とりあえず、配信閉じよっか」
「あ、っはい」
タマキはあまり配信に手慣れている様子ではなった。
ただでさえ突発的なコラボなんて、事故が起こる気しかしないのに、それが初心者ならなおさらだろう。
そんな放送事故まがいを流すのは、お互いのために……いや俺の方はそれほど実害はないか。
彼女のためにならない。
[ナナ★テントー:やめないで...]
[ハルカ:お疲れ様でした。あとで報告してくださいね]
[白鳩シェプスト:何よ! その女!! あとで話を聞かせてくれないと許さないんだからね!]
[硫化アリルマシマシ:マッチポンプ展開で草。ニコポ、ナデポもキメて報告してくださいね]
[MitsuyaCyber:お疲れ様でした]
アホなことを言っている連中もいるが、それはもちろん冗談であって。
俺の配信に来ている視聴者さんらは、自慢じゃないけど民度が高く、理解と良識がある方だ。
「突然の切り上げになってすみませんね。御視聴ありがとうございました。なんかあったら報告しますね」
軽く締めの挨拶だけをして、配信を切る俺の行為も、理解してくれるだろう。
対して、マキの方は、少々戸惑っている様子だった。
聞こえてくる挨拶の言葉から聞くに、気にしているというよりも、配信の切り方がまだ不慣れといったところだ。
自殺系は花火のように、一瞬だけ打ちあがって消えていく(物理&不謹慎)と聞くが。
彼女もまた、配信を始めて本当にまだ日が経っていないのかもしれない。
だからと言って、干渉して「こうやるんだよ」とか教え始めたら、それこそ炎上待ったなしだ。燃えるほどの人気もないけど。
そして、マキにも多大な迷惑がかかる。
という理由で、しばらくの間、俺は待ちぼうけを食らうこととなったのだった。
◇
「遅くなってすみません。配信、切れました」
「オッケー? カメラを切っただけで、音声はまだ入ってるとかになってたりしない?」
「たぶん大丈夫だと思います。撮影用のカメラにマイクは内蔵されてるし……」
「そっか」
ここで、俺には二つの選択肢があった。
一つは無視してサヨナラするというもの。
短期的には一番、穏便だ。まだ知り合いだと気が付いたわけではないし。
特になにもしなければ、自然と関係は再び希薄になっていくだろう。
もう一つは、積極的にいくもの。
いわゆる「どしたん? 話、聞こか?」系のふるまいで、半分以上ナンパ師みたいな絵面とはなってしまうが。
俺としても、自殺系WeTuberなんていうこの世界でも随一の底辺に身をやつした彼女を、放っておくのは本意じゃない。
たとえ、知り合いレベルの幼馴染だとしても、だ。
「こんなところで、そんな配信だなんて。一体、どうしたんだ?」
「気づいてたんですか?」
「見るからにランク7でもなくて。装備も整っているとは思えない。無謀な挑戦ってことだろ」
「無謀でも、無意味なつもりはないです」
マキの瞳には、確かに自分の思い描く未来が映っているように見えた。
とてもじゃないが、人生に行き詰った自殺系WeTuberには見えない。
第一、単に金がないと言うだけであれば、こんな場末よりももっとお金になるダンジョンはいくらでもある。
一発当てて勝てれば人生が変わる、なんてダンジョンだって探せばどこかにあるだろう。
配信という観点で見てももっと映えるダンジョンもあるに違いない。
対して、彼女はどうだ。
ソルジャーラプトルはどうにか倒せているみたいだし、絶対無理みたいなWeTubeにありがちな極端な難易度選択ではない。
大型肉食恐竜に出くわさなければ、突破もワンチャンスくらいはあったかもしれないほどだ。
しかし、残念ながらそれらは、動画映えしないのである。
ギリギリクリアできるかもしれない程度、というコンテンツを目指しているのなら話は別だが。
「だいたい、どうして自殺系なんてことになったんだ?」
「そんなの、あなたには関係ないじゃないですか」
頑なな様子の彼女に、俺は一つ息をついて言った。
「ただとは言わないが、俺にできる範囲なら協力してもいい」
「なんですか? もちろん感謝はしてますけど……。結局、そういうの要求するんですか?」
どうやら会話の選択肢を間違えたらしい。
まあ確かに、今の言い方だとナニカを要求しているように見えたかもしれない。
ましてや、彼女は自殺系WeTuberだ。
そんな「どしたん? 話、聞こか?」は、もういくらでも聞いてきたのだろう。
こっちとしては、若干のつながりのある身内として、何かをしてやりたいというだけの話なのだけれど。
彼女の態度は見るからに硬化してしまった。
まあ何かを要求するというのは譲れない。
タダでなんでもする、というわけにはいかないのだ。
サービス残業なんて、ジョンリーダーズで散々やったが、何も報われることはなかった。
そんな状況を打破し、名誉を挽回するため。
俺は意を決して、覆面を取った。
「牧原タマキだろ? 俺だよ俺」
「…………えっ??」
驚くのも無理はないだろう。
そう、彼女目線での俺の顔は、単なる幼馴染ではない。
「もしかして、勇者サワダの、沢田アキトくん?」
「勇者ってのは、やめてくれ……。だけど、そう。その沢田アキトだよ」
勇者サワダ。
それは俺の最大にして最悪の黒歴史だった。
何しろそのせいで、今も顔を隠しているくらいだ。
「こんな、ことって……」
「事実は小説より奇なりってところか。まあ俺目線では、マキとこんな風に再会するとは思ってなかったけど」
ついでに気が付いたけど。
これで実はただの他人の空似だった、なんてことになっていたら。知られたくもない身分をただ明かしただけの、とんだ赤っ恥だったな。
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