第4話 珠城マキのライブ配信
死の淵にあるとき、人間には二種類がいると思う。
一つは、無様であっても何か自分の生きた痕跡を残そうとする人。
もう一つは、無様を晒さずに潔い姿を見せることで自己陶酔に浸る人。
たぶん、内向的とか、外向的、みたいな女子の間で流行る心理テストの結果みたいなものだ。
その区分で言うならば、私は意外と外向的で、どうやら痕跡を残したいと考えるタチだったらしい。
「死ぬぅ!! 死んじゃうって!!」
[草]
[ストリーマーの苦しむ姿からしか得られない栄養がある]
[マキちゃん死なないで...もっと苦しんで(豹変)]
私には、死に様を動画として遺すことに、ためらいはなかった。
相変わらずコメント欄は悪趣味かつ下劣な地獄となっているけれど。それは投稿ジャンルがジャンルだけに仕方ない。
自殺系、と言われるジャンルが、今の動画配信サイトには存在する。
私の投稿ジャンルも、何を隠そうこの部類。
個人的には、死ぬつもりなんてないのだけど。無謀な挑戦を行うWeTuberはこの分類となるために、不本意ながら私も自殺系ということになる。
こんなの、ひと昔もふた昔も前だったら、配信停止待ったなしの部類だった。
それが命の価値が軽くなった今では合法、というか黙認されている。
理由は、行き詰った人間が最期に遺族へ金銭を残そうとするのを、権利を盾に妨害する、というのも人権侵害だから。というよくわかんないものだ。
登録の際の利用規約に、そう書いてあった。
まあそうでなくとも、探索者系WeTuberの事故死と区別がつかないという理由もあるんだろう。
私だって、一応探索者系WeTuberを自称している。
で。そんな私がなぜ、自殺系と揶揄されるほど、無謀な挑戦をする羽目になったのか。
それは今、私がいるカハク異蹟のその先。トーハク異蹟にあるというアーティファクトが目的だからだ。
アーティファクトは国に接収されてしまうけれど、それでも一度も使う機会がないってわけじゃない。
目を盗んで持ち出せば、数回ならバレることはないし。ちゃんと返せば、怒られることもない。
誰もがやっていることだ。
それとまあ、お金。
こっちはハッキリ言って、お金になったらいいなぁ、程度のものだけど。
ただ、勝算がないわけでもない。
お金に困った女子大学生なら、探索者なんてするよりもお水なりなんなりをした方がお金になるし、安全なのは明らかだ。
逆に言えば、ほとんどの人はそっちに行くというわけ。
ということは、普通にストリーマーになるよりも、話題性は高いということになるはずだ。
けれども、まあ。
今の私は、まさに死にかけているわけなんですけども!
[今回はさすがにやばいんじゃねww]
[いまたたかってるのなんてやつおしえて]
カハク異蹟には、移動に必須となる翼竜の確保のために来ていた。
それが、巨大な上に鋼鉄の鎧まで身に着けた恐竜のモンスターに、追い掛け回される羽目となっている。
[盛り上がってまいりましたww]
[↑ggrks]
[アーミーラプトルだよ。恐竜系モンスターでも普通くらいの強さ。打撃とかで通せば普通に倒せるよ]
ちなみに私が今相手にしているのはソルジャーラプトルだ。
アーミーラプトルとか言っているのは知ったかヤローである。
ただ残念ながら、そんなことを指摘している暇はない。
切り抜けるための戦略を考えていこう。
今の私の主な武装は、穂先部分に特徴的な刃が取り付けられた回転式機械槍、いわゆるドリルランスだ。
アロステックコーティングを削ることを主眼にしていて、なおかつリーチに優れる。
毎回、削り切って倒す、というわけにもいかないので、副武装として貫徹力を重視した短剣、マインゴーシュも持っている。
つまり、戦闘する前提なら方法は二つ。
一つは、ランスでどうにか立ち向かうこと。しかしこれは、アーミーラプトルは私と同じランク5相当ではあるものの、ソロの私が相手するのは少し無茶となる。
もう一つは、奇襲によりマインゴーシュで急所を狙い、ワンチャンに掛けること。刺突武器はスキン貫通性能が最も高いとされているけれど、弾かれたりしたら終わりに近い。
じゃあどうするか。
そうして逃げている際中。
曲がり角に来たところで、私は心に決めていた。
キッと足を踏み込んでターンを決めて、1秒もかけずに槍を構える。
微かに高い音を立てながら穂先は回転をはじめ、構えている間に万全の状態となった。
そうして、角から覗かせるソルジャーラプトルを待つ。
ここが集中するポイントだ。
ラプトルの鼻先は長い。
なので目線が通るのは、私の方が早い。
果たして勢いよく顔をのぞかせたソルジャーラプトルの鼻先に、私の回転槍は突き入れられた。
コーンと、弾かれたようにラプトルは顔を逸らせる。
そして流れるようにもう一歩踏み込んで槍を刺し入れたとき、私はもう一つの目論見もうまくいったことを確信した。
二撃目の槍の衝撃は、私の腕には来ない。
それもそのはず、もうすでに私の手の中に槍はなかったからだ。
そんな空振りの槍を大げさに避けたラプトルに対して、私はマインゴーシュを構えていた。
「うゎわわわ!!」
短剣はラプトルの眼窩に突き立っていた。
痛みで大きく身を震わせた2メートルを越える巨体の力に、突き刺さったマインゴーシュを握っている私は吹き飛ばされた。
背中から壁にぶつかって、一瞬視界に飛んでいた星が収まると。
そこには横たわったソルジャーラプトルの姿があった。
[888888]
[勝ったんか!]
[つまんな]
[えっふつうにスゴい]
「拍手ありがとうございます! よし、あとは剥ぎ取りを……」
その時だった。
大きな地響きと共に、レトロで瀟洒な博物館の廊下じみていたダンジョンの床が崩れ。
中から、巨大な影が。
同じく巨体でもラプトルとは比べ物にならない。
見上げる大きさ。
高さだけで5メートル近くはあるんじゃないだろうか。
全長では10メートルも越えているかもしれない。
この世のものとも思えない巨躯。
それはまさに史上最大の肉食動物の姿だった。
[死んだんじゃないの~??]
[キタァーーー!!]
[ここにいる人たち怖。見てらんないわ]
[ティラノ??]
[自殺系見に来て今更そんなこと言う奴いるのか,,,]
[正義厨おるやん]
一瞬、ストリーミングのコメント欄に目をやろうとしてやめた。
そんなものを人生最後の瞬間の光景にはしたくない。
大きい獲物じゃないんだし。
見逃してくれないかなぁ……。
意外なほど冷静な自分におどろいた。
あまりにも理不尽な現実に、私の感情は振り切れてしまったのかもしれない。
しかし、私の願いもむなしく。
巨大な恐竜は大きくそのアギトを開いた。
ピンク色のヌラリと光る口内と、集合体恐怖症になりそうなほど整然と無数にならんだ牙に。
目を背けるように私は目をつむった。
かみ砕かれるような感覚は、いつまで待っても来なかった。
「あーいや。こんなところに人がいるとは思ってなかったよ。カハクってそんな人気だったっけ?」
代わりに聞こえてきたのは、男性の声だった。
立っていたのは、すらりとしながらも探索者らしい実用的な筋肉が張り出した男。
そして、変な覆面を付けていた。
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