第3話 沢田アキトのライブ配信
[氷冷狐サワー: こんばんわ~]
ライブ配信を起動すると、さっそくコメントを打ってくれた視聴者がいた。
同時接続数が100にも届かないチャンネルだというのに、よくもまあすぐに顔を出すものである。
コメントを皮切りに、接続数は順々に数を増やし、20程度に推移した。
WeTubeのライブ視聴者数は、登録者の平均約1%と言われている。
それを考えれば、2000人程度が見込まれるコンテンツということで、まだまだ登録者数を伸ばせる見込みがあると言うべきか。
それとも、固定の太客ばかりとなっていて、初見が入りにくい雰囲気になってしまっていると考えるべきか。
「狐サワーさん、こんばんは。って、まだ昼前ですけどね」
[氷冷狐サワー: 今いるの日本じゃないですし~]
この狐サワーさんは、よく俺の配信のコメント欄に顔を出す視聴者の一人だ。
長い付き合いでコメントを多く残すので、大まかな住所くらいは把握できてしまっている。
もちろん日本の中だったはずだ。
「へぇ、海外なんて珍しいですね」
ダンジョンが出現してからは、海外旅行はかなり減っていた。
都市圏にあったような観光名所は軒並みダンジョンに飲み込まれてしまったし、渡航制限のかかっている地域や人物も少なくない。
探索者も、そうした海外に行くための申請が面倒くさい職種の一つだ。
[氷冷狐サワー: 仕事]
狐サワーは端的にコメントした。
「おつかれさまです」
[ハルカ: こんにちは。今日は前回の探索範囲の続きですか?]
[ナナ★テントー: こんにちは~]
「ハルカさん、ナナさん、こんにちは。そうですね。今日もカハク異蹟に来てます」
ダンジョンが最初に生成されたときに飲み込まれた施設でも、特に公共性や象徴性、歴史的意義などが高い施設は"異蹟"と呼ばれている。
異蹟の中には、魔力を帯びてその象徴性が高まり、現実改変能力に目覚めた物品、アーティファクトが眠っている。それは、かつての国宝や重要文化財などだ。
かつての、とは言ったものの、国として歴史的物証を重視する姿勢を変えた訳ではなく。
特に重要な文化財などは異蹟からの発掘後、国庫に再び収容されることとなっている。
そのため、アーティファクトと呼ばれるレベルの希少価値の高い物品は、結局ほとんど探索者の手にわたることはない。
しかし、アーティファクトの返礼金は攻略組を含む探索者たちの大きな収入源の一つとなっているのだ。
「一応、説明しておくと、カハクはかつてこの近辺に存在していた博物館の一つで、主に博物学的資料を扱っていました」
[氷冷狐サワー: 知ってる]
[ナナ★テントー: 知ってる。てか、ここにいる人で知らない人いなさそう]
「悲しいこと言うなよな。初見さんもいるかもしれないだろ?」
ハルカさんもナナさんも固定のメンツで、初見なんて最近ではほとんど見ないが。
残りの十数人の中に混ざっていると思っておこう。
「博物学的資料、まあつまり化石とかのことなので、ここらへんでは恐竜をイメージしたようなモンスターがよく目撃されたりと、まあ。割と? 危険地帯として有名です」
[MitsuyaCyber: でも近くのトーハク異蹟はオイシイ...おいしくない?]
「ミツヤさん、こんにちは。おいしいですねぇ。ま、攻略組は発掘なんてやってる暇はないんですが」
異蹟での発掘は金になるが、残念ながらダンジョンの最前線を戦う攻略組の装備は、アーティファクトの確保には適していないし。
アーティファクト発掘は安全確保が取れてからの仕事だ。
未探索状態の異蹟なんて、いつ後ろから襲われるか分かったもんじゃないため、悠長に発掘なんてできないのが現実である。
[氷冷狐サワー: ワカルマーン]
[ハルカ: サワーさんはウーマン定期]
[氷冷狐サワー: 女でもマンさんだから]
「下ネタやめれ。BANされちゃうだろ」
[氷冷狐サワー: アキトさんに心配されるのを実感すると、今日のクソ外回りの疲れが癒されるわぁ]
[ナナ★テントー: キモE]
[MitsuyaCyber: サワーさん口調! 口調がお下品ですわ!]
[氷冷狐サワー: あらあら、失礼遊ばせてよ?]
「ハイハイ。じゃあ今日も他の異蹟への道筋を意識しつつ、攻略していきま、しょう」
◇
ダンジョンと聞くと、石造りの地下道だったり洞窟のような光景を思い描くだろう。
実際、ダンジョンという言葉の原義を辿っても、地下道などのイメージが正しいことがわかる。
しかし、今の世の中でいうダンジョンは、現実に存在する迷宮であり。
その中身は必ずしも洞窟のようなものではない。
カハク異蹟をようするウエノダンジョンは、まさに洞窟とはかけ離れた様相を呈していた。
超巨大な地下空洞の中、崩れかけた灰色のビルがまばらに突き刺さったような大地が、どこからともなく照らされて、特に理由もなく浮遊する光景。
一昔前なら非現実的な光景だが、今となってはどんな景色でも現実的となった。
そんな風景の中、ひときわ目立つ巨大な建物群が縦に伸びている。
近未来的な水族館のような施設と明治大正じみたレトロな建造物がいびつに混ざりあっていて、周囲を100メートルはあろうかというクジラやフタバスズキリュウの群れが宙を泳ぎ囲っている。
遠くには、中世日本の城郭と仏閣の類を、山の如くひたすらに積み上げたような、また異なる建物が見えた。
カハク異蹟とトーハク異蹟だ。
今の俺は、そんな広大な空間の真上に位置する天蓋の淵に立っていた。
ウエノダンジョンの景色が眼下に広がっている。
そんなウエノダンジョンの入り口には、大きなホルンのような筒が設置されていた。
数人を円の中に招けるほどに大きい。
筒の先はやはり金管楽器のように末広がりとなり、下の方向へと固定されている。
そこに大きく息を送り込むと。
ブオォーンという低く震えたような大音がウエノダンジョンに鳴り渡った。
しかし、反射のないほどに広いダンジョン内では、なにも帰ってくる音はなく。
底なしの空間に、筒の音は溶けていった。
変化が起きたのはすぐのことだ。
急に大きな上昇気流が俺の立つウエノダンジョンの入り口に吹き荒れる。
そうして風のなかに現れたのは、見上げるほど巨大な翼竜だった。
ステラノドンくらいしか俺は知らないが、そんな感じの見た目だ。
人が数人乗ったところで、蟲が張り付いているくらいにしか感じられないだろうほどに巨体で。俺が乗るのを待っているかのように、風を受けながら宙にホバリングして浮いている。
事実、翼竜は俺を載せるために現れた存在だった。
彼らは敵対的なモンスターではなく、ある種のギミックであるとされている。
生息域まで訪れて、飼いならすことに成功すれば、このように空の移動などで手伝ってくれるようになるのだ。
俺は現れた翼竜に飛び乗って、首のあたりをポンポンと叩くと。
翼竜はきりもみ回転のかかった直滑降で落ちていき、カハク異蹟へと向かっていった。
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