友人の子

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彼との間にできた存在に気づいた後、別れを告げたあの日のこと。

そんな行動に医師である母は利佳子を叱ったが、それでも応援すると言てくれた母親の元で利佳子は出産することを決めた。

利佳子視線のストーリー。

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娘が二歳の誕生日を迎えた。

三年前に訪れた思いがけぬ人生の岐路。

そうは言っても私はとっくに大人で社会人として仕事を始めて八年。

経済的な不安が無かった事だけはとても良かったと思う。

仕事ばかりの私が突然妊娠報告したことに周囲の誰もが驚いたが、それはそうだろう。

何にせよ、この二年間はがむしゃらに過ごし生きてきたのだから。



あの頃、恋愛なんてする気もなく、決して多くはない友人たちの中でも、かつて濃い時間を過ごした仲間と集まる機会があった。

大学時代の同窓会だ。

卒業してまだ数年、中には今でも頻繁に顔を合わせているらしい仲間内もいるらしいが、私にはそんなプライベートな時間を楽しむ余裕などない日々が続いていた。

大学の四年間あれだけ勉強に励み、この組織に入り、それでもまだ学びの毎日だった。

そこで再び出会い付き合い始めたのが今の夫。

『今の』なんて言うと誤解が生まれそうだけど、この頃はまさか自分がこの彼と結婚するなんて思っても居なかった。

だけど、離婚したばかりだった彼はどこか寂しげなオーラが漂っていて、それまでの鬱憤を発散するかの様に酔っ払った彼を介抱したのがきっかけだったと思う。


「進藤くん大丈夫?飲み過ぎだと思うわよ。」

「わかってるよ〜、みんな幸せそうで羨ましいねぇ!」

「お水飲んで。石川くんがお会計から戻ったら外行くから準備してよね。」

「はいはーい」


関西勤務だという彼は、この日のために東京へやって来たという。

まだ同窓会がスタートして誰もがシラフだった頃、久しぶりの再会に連絡先を交換したり近況報告やら色々して、彼は結婚して既に離婚までしていると聞いた。

同い年とは言え人生色々だ。


翌日

「昨日は色々と迷惑かけて申し訳なかったです。本社での仕事もあってまだ東京にいるので、夕飯でもどうでしょう?」


あの酔っ払った姿とは異なり、文面はとても丁寧で好感が持てた。

元々顔も名前も知っていたけど特別親しいわけではなかったから、プライベートな事まではあまり知らなかった事もありそんな点は意外だった。


「明後日の夜はどうでしょう。まだ東京にいますか?」


私たちは二人きりで会う事となり、そしてその日を迎えた。



意外にも会話が弾んだ彼との時間。

そんな思いがけず楽しい時間が過ぎるのはとても早く、数少ない友達の中でもこんなに自分の事を語らせてしまう彼の魅力に驚かされる。


「今日本社とのミーティングで決まったんだけど、二ヶ月に一回こっちに来る事になったんだ。また再来月も会えないかな。」

「良いわよ。それにしても長距離移動も大変そうね。」

「これも仕事もだからね、仕方ないよ。これが遠方の海外とかだとキツイけどね。」

「海外と言えば…修二くんと連絡は取ってるの?」

「いや…」

「彼、今ドイツ勤務なのよ。」

「それこの間の同窓会で誰かが言ってたな。それに里美ちゃんとも別れたって?勿体無いよなぁあんな可愛い子なのに…」


修二くんと里美がそれぞれの道を歩み始めてもう四年が経つだろうか。

あれだけ仲が良く、大学を卒業したら修二くんの就職と当時に結婚するんじゃないかと密かに思っていたけどそれは私の勝手な想像で、寧ろ二人はそれぞれの道を選んだ。


その後、二ヶ月に一度の彼との食事は私にとっての楽しみへと変わっており、三度目の約束の後に付き合うこととなった。


「私、この年齢になってとても恥ずかしいんだけど、付き合うとか今までした事がないの。だから色々と…」

「大丈夫、とても光栄だよ。」


彼の唇は全てを包み込むかの様に優しかった。

彼の唇に触れるのは私が初めてじゃない。

でも私のこの唇に触れるのは彼が初めてだ。


そんな気にする様な事でもないのに、恋愛に疎く自身が無かった。

私はそんな中学生のような思考で、今思えばとても恥ずかしいのだが、その後も密かにデートを重ね私たちは愛を育んだ。


「利佳ちゃんは結婚考えてる?」

「いつかは…ね」


プロポーズでもされるのかと思った。

だが、彼も結婚には慎重になっているだろう。

元奥さんとの離婚原因は『仕事人間だった自分が悪い』と聞いた事があったが、それの何が悪いのか私には理解できなかった。

その理解できない理由としては、私が母子二人きりの生活により女手一つ育てられた事、その為夫婦がどういう存在であるべきなのか想像できない事が原因だったように思う。

それでも私の初めてを全て受け入れてくれた彼。


「利佳…気持ちいい?」

「んっ、スゴいっ…」

「俺…も」


ずっとこのままで居たいと思った。

身を重ね合う事はこんなにも快感だったのか。

人間が子孫を残すための行為として、男女に備わった身体の一部を挿れてその中に体液を吐き出す。

元々あの動物的な動きに違和感を抱いていたが、我々も動物なのだ。

生命、生命の始まりに携わる職に就いているとは言え、その点だけはやはり私は疎かった。



相変わらずの遠距離恋愛だった私たちは互いの居住地を行き来し、愛を育んだ。

そして付き合い始めて二年がだった頃、私は自身の異変に気づく。


「うぅ吐きそ…早く仕事行かなきゃ…」


起きたいのに起き上がれない。

気持ち悪さの余りその気にもなれず、寝起きにも関わらず眠いのだ。

夜更かしをしたわけでもないし、深酒をしたわけでもない。

こんな状態が数日続いた後に私は気づいた。


「あ…」


去年、友人の里美があれだけ苦しんだ症状と今の自分がそっくりなのだ。

あれまで酷くはないにしても、こうなる事の心当たりはあった。

専門である母に頼んで検査してもらうのが手っ取り早いのだが、いい大人がそんな事はできない。

私は悩んだ。

結婚をしている訳でもない、彼の離れて暮らす子の事を思うと、離れ離れになった父親が別の女性との子を可愛がる姿など見たくないに決まっている。


「あなたとの子がお腹にいます。」


面と向かって事実を伝えた後、私は連絡を断つ事にした。

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