大好きだよ

 結菜のお父さんから告げられた言葉は、予想の斜め上を行くようなものだった。

 

「ど、同棲……ですか……?」


 同棲ってあれだよな。男女が二人きりで部屋を借りて生活するっていう……あれだよな。

 結菜とはついさっき付き合い始めたばかりだと言うのにもう同棲を……? 

 しかも俺たちはまだ高校生。同棲なんて早すぎるんじゃないだろうか……。


「なんだ。堀井くんには同棲をしてまで娘と付き合いたい気持ちはないのか」


「い、いえ! あります! 結菜さんと同棲させてください!」


 お父さんに圧をかけられて、俺はそう言うしかなかった。

 俺はてっきり結菜とはウチで暮らすことになるのかと思っていたのだが、まさか同棲することになるなんて。


「で、でも同棲するにはお金が必要じゃ……」


「それは私たちが負担させて頂くよ。家賃から生活費までね。それが娘の高校生活を堀井くんに任せる第一条件だ」


「ま、まじですか……それは僕の家としても助かると思うんですけど……でもどうしてそこまでしてくれるんですか……?」


 こんな夜分遅くにいきなり「娘をください」と言って現れた男に、どうしてこんなに親切にしてくれるのだろうかと不思議に思った。

 出ていけと言われてもおかしくはないと思っていたので、いい意味で肩透かしにあった気分だ。


「今の堀井くんと結菜が昔の私たちを見ているようで懐かしくなってね。私たちは両親に恋を応援して貰えない気持ちがよく分かっているから、自分の娘にはそんな思いはさせたくないと思ってしまったんだ」


 お父さんは目尻に皺を寄せて、微かに微笑んだ。

 な、なんて優しいお父さんなんだ……外見は少しだけ強面だけど、心の広さが半端じゃない。さすがは結菜のお父さんって感じだ。


「ありがとうお父さん〜。大好き〜」


 結菜は嬉しそうな表情で立ち上がると、わーっとお父さんに抱き着いた。お父さんも満更でもなさそうに結菜を抱く。


「結菜。恋は決して楽しいことだけじゃないからね。でもきっと堀井くんみたいに一途な男は頼りになるから、二人で同棲生活を頑張りなさい」


「うん。頑張る〜」


「あとは年に何回かはウチに帰って来なさい。寂しいからな」


「分かった〜。たまーに気が向いたら帰って来ます〜」


 結菜はお父さんから離れると、こちらに向かって笑顔を作った。俺も安心して結菜に笑顔を向ける。


「堀井くん。今日はもう遅いからウチに泊まって行きなさい」


 結菜に抱き着かれたのが嬉しかったのか、お父さんは柔らかい表情のまま俺に告げた。その提案に俺は目を大きくさせる。


「え、いいんですか?」


「もちろん。もう電車も動かなくなる時間だからね。寝る部屋は……結菜と同じ部屋の方がいいかな?」


 お父さんが試すような目でこちらを見てくる。

 これはどんな反応をすれば正解なのだろうか。もちろんですと言って首を縦に振るのが正解なのか、まだ付き合い始めたばかりなのでと首を横に振るか。

 三階建ての家なので部屋は余っていそうだが……。


「はい! 結菜がよければ! ぜひ!」


 俺は自分の気持ちに素直になることにした。

 その俺の答えにお父さんは……満足そうに笑顔を作った。


「だそうだ。結菜、今日は堀井くんと同じ部屋でもいいか?」


「もちろんだよ〜。私と同じ部屋で寝るの嫌だって言われたらどうしようかと思った〜」


 結菜も自然と笑顔になる。

 俺の答えは間違っていなかったようだ。俺はようやくホッと胸を撫で下ろす。


「二人とも、あんまり夜更かししないようにね?」


 お母さんが「ふふふ」と笑いながらそんなことを言うので、俺と結菜は顔を真っ赤にさせる羽目になった。


 ☆


「もうそろそろ寝よっか〜」


 引っ越したばかりでベッドしか置いていない結菜の部屋でダラダラとしていると、彼女は「ふあぁ」と大きな欠伸をしながら言った。

 時計の針は午前一時を過ぎようとしていた。ぼちぼち寝る時間だろう。


「そうだな。そろそろ寝ようか」


「よーし寝る支度を始めるぞ〜」


「おーう」


 俺と結菜は立ち上がり、のそのそと寝るための準備を始める。と言っても風呂も入って歯も磨いたので、スマホを充電器に挿すだけだが。


「なあ、俺もベッドで寝るんだよな」


「もちろん。引っ越したばっかりだからお客様用の布団用意してないからね〜」


「もしなんだったら床で雑魚寝でもいいけど」


「だめだめ〜。琉貴は私と一緒のベッドで寝るの〜」


「さ、さようですか……」


 結菜は「ほらほらー」と言ってベッドを叩いた。俺は戸惑いながらも、結菜のピンク色のベッドで横になる。


「うむ。よろしい」


 結菜は満足そうな顔をしてから、入口の近くにある部屋の電気のスイッチまで歩いていった。


「電気消すよ〜」


「はーい」


 結菜が部屋の電気を消した。

 結菜はのそのそとこちらへと歩いて来ると、なんの躊躇もなく俺の隣で横になった。そのまま彼女は掛け布団と毛布を肩まで掛ける。

 結菜と同じ布団の中に居る。そう考えただけでも、体も心もポカポカと温かくなっていく。


「明日から大変になりそうだね」


 結菜は体ごとこちらを向きながら、そんなことを口にした。


「そうだな。まずは部屋探さないと」


「琉貴は明日も学校じゃないの?」


「学校はあるけど休もうかと思ってる。朝早くに起きてもここから東京まで帰るのに時間掛かるし。何より早く結菜と住む家を見つけたい」


「そっかー。じゃあ明日は物件探しだね」


「いい部屋見つかるといいな」


「うん!」


 結菜は嬉しそうにこくりと頷く。暗闇にも目が慣れてきたので、結菜の笑顔がよく見える。だから俺は結菜の頭をポンポンと撫でた。それだけで結菜はくすぐったそうに笑う。


「ねえ琉貴」


 結菜が俺の名前を呼ぶ。俺が目を丸くさせると、彼女は少しだけ俺に近づいた。


「ありがとね。ここまで私を迎えに来てくれて。私と離れて寂しいって思ってくれてたの、すごく嬉しかった」


「そりゃあ寂しいだろ。好きな人ともう会えないのかと思ったんだからな」


「ふふふ〜。私ももう琉貴とは会えないのかと思っちゃったよ。だから琉貴が迎えに来てくれた時、自分の目を疑っちゃった。琉貴のことを考えてたらお庭に本物の琉貴が現れたんだもん。あれはびっくりしたな〜」


「そっか。俺がこの家に到着した時、結菜も庭のテラスに居たもんな」


「うん。偶然外に出てたんだ〜」


「そう言えばあの時、外で何してたんだ?」


 俺がこの家に到着した時、結菜は偶然にも庭のテラスに居た。どうしてこんな暗い時間にテラスに居たのだろうか。


「あはは。お恥ずかしい話だけど、夜空見ながら琉貴は何してるかなーって考えてた。もう会えないんだろうなーって悲しい気持ちに浸ってたって感じかな」


 結菜は自虐気味に「えへへ」と笑った。

 夜空を見ながら俺のことを考えてくれていたのか。それも悲しい気持ちになりながら。そんなことを好きな人に面と向かって言われたら、抱きしめてやりたくなるのが男という生き物。

 俺は自分の欲求に素直になって、結菜のことをそっと抱きしめた。結菜は少し驚いたように目を大きくさせたが、すぐに笑顔を作った。


「もう絶対に結菜の側から離れない」


「ふふふ〜。忠犬だね〜。私の彼氏は忠犬だったのか〜」


「ああ、結菜の側に居られるなら犬だってなんだっていい」


 俺はそう言って結菜を抱く腕に力を込めた。もう離さないという一心で。


「私ももう琉貴の側を離れたりしないよ。これからはずっと一緒だね〜」


 結菜も俺の背中に腕を回して、ぎゅっと抱き着いてきた。互いの鼓動が聞こえてしまいそうなくらい、ぎゅっと密着する。


「大好きだよ。琉貴」


 結菜は照れくさそうにハニカミながら、こちらをじっと見つめる。


「俺も大好きだ。結菜」


 だから俺も結菜と目を合わせる。二人の視線が交わったのがおかしくて、二人でクスクスと笑い出す。


 目の前に居る人物が恋しくて恋しくて、俺たちはなかなか眠りに就くことが出来なかった。


 ──冬 完──


 ※明日のエピローグをもってこのお話を完結させて頂きます。最後までお付き合い頂けると幸いです。

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