今更な約束
「結菜!」
テラスのベンチに腰掛けていた結菜の姿を目が捉えると、俺はいてもたっても居られず走り出していた。
「琉貴……!」
俺のことが分かると結菜もベンチから腰を上げて立ち上がり、こちらに向かって駆け出した。
芝生の上を駆けて、お互いを目掛けて走る。そのまま結菜は俺へと近づくと、飛びつくように抱き着いて来た。そんな彼女を腕を広げて受け止め、ぎゅっと抱きしめる。
「どうしてこんなところに琉貴が居るのさ〜。夢かと思った」
「ごめん。会いたくなっちゃって……」
「ふふふ〜。まだ引っ越して一日も経ってないよ?」
「結菜が居ない学校が辛くて……我慢出来なくて……ぐすっ……」
無事に結菜に会えて安心したからか、俺の瞳からは大粒の涙が溢れ出していた。
「あーもう可愛いな〜。私に会えてそんなに嬉しいか〜? 一日ぶりの私だぞ〜?」
結菜はケタケタと笑いながら、俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。こうやって結菜に撫でられるのは嫌いじゃない。むしろ大好きだ。
「結菜……大好きだ……」
思わず口をついて出た言葉を誤魔化そうとはせずに、俺は結菜を抱く力を強くする。
「うん。知ってる。私も琉貴のこと大好きだよ」
結菜も俺に抱き着く腕に力を込める。互いに苦しいくらいに、ぎゅーっと抱き合う。
今なら言える気がする。俺は頬を流れる涙を強引に拭って、ずっと言いたかったことを口にする。
「なあ結菜。今更な感じはするんだけどさ……俺たち付き合ってみないか?」
返事を待つ。もしかしたら結菜には迷惑な話かもしれない。もしかしたら俺と結菜の気持ちは違うかもしれない。色々なもしかしたらが頭の中を支配するが、俺は彼女からの返事をじっと待った。
数拍置いたあと、結菜はようやく口を開く。
「うん。私なんかでよければ……ぜひ」
結菜は俺の胸から顔を離すと、嬉しさと照れを混ぜたような顔で笑った。その笑顔があまりにも素敵で、俺は吸い込まれるようにして彼女と唇を重ねた。
顔を離して、互いに照れ笑いを向け合う。
「もー、家の前でこんなことするの恥ずかしいよ」
「あー、何にも考えてなかったわ。ただ結菜と付き合えるのが嬉しくて、つい」
「全く〜。一日離れただけで我慢出来なくて会いに来ちゃったり、ちゅーを我慢出来なかったり……私の彼氏はしょうがない人だなぁ」
「別にいいだろ。結菜のことが好きなんだから」
「はいはい拗ねない拗ねない〜。私も琉貴のこと大好きだから落ち着きな〜」
結菜はケタケタと笑いながら俺から離れた。でも互いに腕を伸ばせば届くくらいの距離に立っている。
「でもせっかく付き合えたのに遠距離になっちゃうね〜」
「あ、それなんだけどさ。俺の家に住みながら高校通ったらいいよ。もちろん越冬高校に」
「へぇっ?」
珍しく結菜は素っ頓狂な声を上げながら、目を大きくさせて驚いた。そんなに驚くようなことを言っただろうか。
「え、待って待って……琉貴の家に私が住むの?」
「そうだけど……あ、ちゃんと親には許可取ってあるから安心してくれ。高校に通う間は面倒見てくれるって」
「あー、そうなんだ。それなら……って違う違う。琉貴のご両親がオーケーだしてくれたのは置いておいて……え? 私、もしかして今から東京に帰るの?」
「それは結菜がどうしたいかにもよるけど……俺としては結菜とずっと一緒に居たい。ってか結菜が近くに居てくれないと嫌だ」
本当は結菜の気持ちを第一優先にしたかったが、思わず本音をこぼしてしまった。
結菜が近くに居てくれないと、もう生活すら出来ない気がしてきた。結菜が居ない人生なんて考えられない。
「もう……我慢は出来ないし、すぐ拗ねるし、ワガママだし困った彼氏だなぁ」
結菜は「むぅ」と唇を尖らせたのだが、すぐに吹き出すようにして笑った。
「でもそれが琉貴のいいところだよね」
結菜は笑いながらそう言うと、こちらに近づいて来て俺の頬を両手で包み込んだ。
柔らかで温かな手の感触を頬で感じる。
包まれた頬が熱くなっていくのを感じていると、結菜がクスリと微笑んだ。
「しょうがないから琉貴の側にいてあげる」
その結菜のセリフに、自然と口角が上がるのを感じた。
「じゃあ……!」
「うん。しばらくの間はお世話になろうかな。でも……」
結菜は俺の頬から手を離すと家の方を向いた。それに釣られて俺も家の方を見る。窓からは未だに光が漏れていた。
「そうか……結菜のご両親がなんて言うかだよな……」
結菜を説得することに夢中になりすぎて、彼女の親御さんのことを考えていなかった。
そりゃあ自分の娘が家を飛び出して、人の家でお世話になりながら高校に通うなんて簡単に認められるワケがないよな……。
「お父さんとお母さん認めてくれるかな」
「まあ……認めてくれるまで説得するしかないけどな」
まさか付き合うことが決まった当日に、彼女と一緒に住む許可をご両親に貰いに行くとは思わなかった。
でもここで立ち止まっていては、今までの努力が全て水の泡になる。
行くしかない。最後の戦いに。
「期待してるからね。琉貴」
結菜に背中を叩かれる。それだけで勇気が湧いてきた。
「ああ。行くか」
心の準備なんて出来るワケがないけど、体を無理やりに動かす。
こちらを威圧するように見下ろす豪邸に向けて、俺と結菜は歩みを始めた。
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