これが恋ってやつ
おじさんの言っていた通り、言われた道を自転車で走っているとセンコーマートという名前のコンビニがあった。そこを右に曲がってしばらく進むと、大きな山の入口があった。
山の入口は車が一台通れるくらいの道幅で、街灯が上り坂を照らしている。しかもなかなか急な上り坂だ。
「自転車はここに置いていくしかないか……」
俺は自転車から降りて、山道の手前にスタンドで立てておく。帰りも使うかもしれないからな。
「ここからどれくらいで着くのかな……」
この山道をどれだけ進めば結菜の家があるのか分からない。というか、そもそもこの山道を上ったところに結菜の家があるのかも分からない。
もしかしたらおじさんが言っている豪邸とやらは、結菜の家ではないかもしれない。
「でも……進むしかないよな……」
全ては俺がスマホを忘れてきたのが悪い。俺はおじさんを信じてこの山道を進むしかない。
「すー……ふぅ……」
軽く深呼吸をしてから、俺は軽く走りながら山道に入った。一刻でも結菜の元に辿り着きたいから。
山道には木の枝や枯葉が落ちていて、少しだけ走りずらかった。でも幸いだったのは、街灯が山道を照らしてくれていること。おかげ様で前が見える。
「はぁ……はぁ……待ってろ結菜……」
この一年間、結菜のおかげでめちゃくちゃ楽しかった。今まで生きてきた十六年間の中で一番充実していたと自信を持って言える。
春。入学式に遅刻したことから全てが始まった。
入学式の初日から遅刻すると、偶然にも同じクラスだった結菜も同じ境遇だった。
二人で教室まで行ったのはいいものの、もうクラスメイトはグループを作っていた。だから余り物の俺たちは、これからの高校生活を二人で歩んで行くことを誓った。
その約束通り、俺たちは学校での時間を一緒に過ごすことが多くなった。
二人で居ることが多いと自然と仲も良くなり、休日も二人で遊びに行った。確か結菜との初めてのデートはカフェだった気がする。
「はぁ……はぁ……また結菜とカフェに行きたいな……」
夏。中間テストの返却から夏が始まった気がする。
結菜はぽわぽわとした雰囲気をしているので、絶対に勉強は出来ないんじゃないかと勝手に思っていた。しかし彼女は頭がよかった。中間テストでほぼ満点を取るなんて、相当な化け物だ。
夏休みは二人で旅行に行った。
部屋が同部屋になるハプニングがあったおかげで、さらに結菜との距離が縮まった。
いや、距離が縮まり過ぎたせいで、あの日に友達としての一線を越えてしまったのだ。
「今考えてみても友達とキスするなんておかしな話だよな……はぁ……はぁ……」
秋。結菜と色々なところに出掛けた気がする。
地元のお祭りでは澄香と合流するまでの間だけ手を繋いでいた。結菜のあの柔らかで温かな手を感じながら、屋台を見て回ったっけ。
それからは澄香と合流して、お互いの手を離した。
結菜と澄香もすっかり仲良くなり、二人がはしゃぎながら祭りを堪能している姿を見るのも微笑ましかった。
あとはぶどう狩りに行ったりしたよな。その帰り道に結菜から転校することを聞かされて、我慢出来ずに泣いてしまった。友達のために涙を流したのは、あれが初めてだった気がする。
「結菜には情けない姿ばっかり見せてる気がするけど……はぁっ……はぁっ……まあ俺らしいか……」
冬。ずっと悲しい気持ちだった気がする。
クリスマスでは俺の部屋でパーティーをした。パーティーと言ってもケーキを食べたりゲームをするだけだったが、あれはあれで楽しかった。
それに初めて結菜が涙を見せた日でもあった。堪えきれずに泣いてしまう結菜を見るのは、心にくるものがあった。
初詣に二人で出掛けたりもした。日が変わったくらいの時間帯に神社で待ち合わせをして、二人で初詣をした。
あの日に『これからもずっと結菜と一緒に居られますように』と神様に願ったから、こうやって山道を走る羽目になっているのかもしれない。
「はぁ……はぁ……待ってろ結菜……もうすぐだから……」
春夏秋冬。この一年は結菜のおかげで大切な思い出になった。でも結菜と約束したのはこれからの高校生活。あと二年は一緒に居ないと気が済まない。
いや、もうこうなったら一生一緒に居たい。これからの人生を結菜と共に歩んで行きたい。
そっか……この気持ちが恋ってやつか……。
この気持ちも、これからの高校生活も、これからの人生も……俺は後悔する選択肢を選びたくない。だから見知らぬ山道を必死に走っているんだ。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
五分は山道を走って来ただろう。高校に入ってロクに運動をしていない俺の体力は限界を迎えそうになっていた。
しかしその時のことだ。突如として山道が終わり道が開けると、目の前には大きな一軒家が現れた。
大きな芝生の庭の真ん中に建つ、三階建ての一軒家だ。
「すっげぇ……でけぇ……」
思わず歩みを止めて、三階建ての豪邸を見上げる。
豪邸の窓からは光が漏れている。恐らくまだ結菜たちは起きているはずだ。あとはチャイムを押して結菜を呼び出すだけ。そう思っていたら──
「えっ……琉貴……?」
ずっと聞きたかった人の声が聞こえて来た。
慌てて声の方に視線を向けると、豪邸のテラスには一人の少女──結菜がベンチに座っていた。
「結菜!」
ずっと会いたかった人が目の前に居る。
たった一日ぶりなのにずっと会っていないような気がして、俺は再開出来た嬉しさから走り出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます