結菜が居ない日

 結菜と別れの挨拶をした次の日。もちろん結菜は学校に来なかった。


 結菜が居ない寂しさを抱えたまま、気が付けば昼休みになった。

 もう結菜は居ないから今日から俺は一人ぼっちだ。そう思っていたのだが、クラスメイトの仲良い男子が「一緒に飯食おう」と言ってくれたので彼たちのグループに混ざることとなった。


「でさー、昨日バズってた投稿にリプしたわけよ」


「もしかしてまたエロ広告でも貼り付けたか?」


「ちげーよ。普通に「いつも応援してます」ってリプしたんだよ!」


「なんだそれ。つまんねーの」


「つまんねーとか言うなよな。俺の大好きなブイに関する話なんだから」


「VTuberとか知らねーもん」


 男子五人グループに混ざって昼食を食べる。

 男子たちは「ぎゃはは」と笑いながら飯を食っているが、俺には何の話をしているのか全く分からない。何が面白いのかも分からない。


 結菜は今頃家を出た頃だろうか。きっとぼちぼち家を出たんだろうな……。


「だよな。琉貴くんもそう思うよな!?」


 結菜のことを考えていると、突然話を振られた。全く話を聞いていなかったが、きっと聞いていても分からなかっただろう。


「あはは。そうだね。俺もそう思うよ」


 だから無難な返事を返しておいた。

 男子は「だろぉ?」と反応してくれたので、きっとこの返事で正解だったのだろう。

 はぁ……グループってこんなに疲れるんだな。

 早く結菜に帰って来て欲しい……って結菜はもう帰って来ないんだった。


 俺はこれから、このグループの一員になるのか。何を話しているのかはさっぱりだが、みんな優しそうだしこれからこのグループの一員になることを決心しなくちゃな。


 ☆


 昼休みが終わり体育の時間になった。

 今日の体育はバスケットボールだ。男子がバスケットボールをして、女子は隣のコートでバレーボールをしている。


 男子が数人固まってゴールの下でボールを取り合っている。

 試合が終わるまで残り一分を切ろうとしていた。現在の点差は八対九で負けている。あと一点を取れば引き分けまで持っていける。


「頑張れー!」「頑張ってー!」「まだ逆転出来るよ〜!」「みんなファイトー!」


 バレーの試合を終えた女子たちが男子のバスケを応援する声が聞こえてくる。

 それが聞こえているからか、男子の顔も本気そのものだ。


 みんな本気だなぁ……なんて考えていると、同じチームの男子がボールを奪ってドリブルをしながらこちらに駆けて来た。

 しかしその男子はすぐに、敵チームに囲まれてしまう。


「琉貴くん! 頼んだ!」


 するとその男子が俺に向かってボールをパスする。

 まじかよ……こんな大事な局面で俺か……なんて心の中で愚痴りながらも、俺はボールをキャッチする。

 ボールをドリブルしながらゴールに向かう。幸いにも敵チームには囲まれなかった。


「琉貴くんファイト〜!」「琉貴くん行けー!」「琉貴くんー!」


 女子たちが応援してくれる声が聞こえて来る。

 俺はその場で足を止めて、遠めの位置からゴール目掛けてボールを投げ込む。

 俺のスリーポイントシュートは、ゴールに吸い込まれるようにして決まった。


「ふぅ……」


 これで逆転。試合終了のブザーが鳴る。俺たちのチームの勝利だ。

 クラスメイトたちからワッと歓声が上がる。今のシュートはかなり気持ちよかった。

 今の俺……かっこよかったんじゃね……? なんて思いながら、俺は笑顔で結菜の方を見る──が、女子たちの中に結菜の姿はなかった。


 そう言えば結菜はもう転校してしまったんだった。

 いつもの癖で結菜のことを探してしまっていた。結菜は学校には居ない。もう居ないんだ。


「今のめっちゃかっこよかったぞ!」「琉貴くんイケメン過ぎるからずるくね?」「だから女の子にモテるんだろうな〜」


 胸がぎゅっと締めつけられる思いで居ると、同じチームの男子たちが後ろから抱き着いて来たり、肩を組んだりしてくる。


「あはは。偶然だよ偶然」


 でもそんな偶然を結菜に見ていて欲しかったな。

 もしも結菜が見ていたら、絶対に「かっこよかったよ〜」と褒めてくれたはずだ。そう言われて俺が照れて、結菜にからかわれるまでがセット。

 また結菜にウザ絡みをされたいな……。


「琉貴!」


 その呼び方に肩がビクリと跳ねた。俺を呼び捨てで呼ぶ人なんて、この学校では一人しか居ない。

 俺は勢いよく振り返る。しかし女子の方を見てみるが、そこには結菜の姿なんてあるはずがなかった。


 結菜に会いたすぎて、ついに幻聴まで聞こえるようになってしまったか……。

 その呼び方が懐かしく思えて、結菜に会いたい気持ちが溢れてくる。目頭が熱くなり今すぐにでも泣き出したい気持ちに駆られる。


 でもここで泣くわけにはいかない。泣いてしまったら、結菜が安心して転校出来ないと思った。


「よし! チーム変えてもう一回試合しようぜ! あと一試合くらいは出来る!」


 その男子の声に、他のクラスメイトたちが賛成の声を上げる。

 俺は目元を拭ってから、男子に混ざって引き続きバスケを楽しんだ。余計なことは思い出さないようにと。

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