ずっと大好き
短い冬休みも終わり、あっという間に二月になってしまった。
今日も通常通りの学校だった。ただ五時間目のロングホームルームの時間に、結菜のお別れ会があったことを除いては。
帰りのホームルームが終わり下校の時間になると、結菜は女子のクラスメイトたちに囲まれていた。
「結菜ちゃん本当に今までありがとう。違う学校に行っても元気でね」
「結菜ちゃんこれ……みんなで作ったんだけどよかったら……」
「これでバイバイなんて寂しいよ。結菜ちゃんともっといっぱいお話したかった」
「うわーん。結菜ちゃん今までありがとぉぉぉ」
今日でこの学校に登校するのが最後になる結菜は、クラスメイトたちに囲まれて最後のお別れをしているところだ。
「みんなありがと〜。今までありがとね。すごく楽しかった〜」
結菜はニコニコ笑顔を浮かべたまま、クラスメイトたちと接している。
結菜のやつ、クラスメイトたちとあんなに仲良かったんだな。学校では俺とばかり一緒に居るので気が付かなかった。なんてことを考えながら、ボーッと結菜が囲まれている姿を眺める。
もう、今日で結菜は学校に来なくなってしまうのか。
それに引っ越しは明日の昼間から行われるらしいから、実際に結菜と一緒に居られるのは今日が最後。
悲しいとかいう気持ちを通り越して、気分は無に近かった。
結菜が居なくなるのは仕方がない。そう何度も自分に言い聞かせた。
「る〜き〜」
すると名前を呼ばれた。顔を上げてみると、そこにはさっきまでクラスメイトたちに囲まれていた結菜の姿があった。
「あれ、もうみんなとのお別れは済んだのか」
「うん。済んだよ〜。今日でみんなと会うのも最後だと思うとなんだか悲しくなっちゃった〜」
それを言う結菜は笑顔を作っているが、どこかぎこちない。本当に悲しかったのだろう。
「そりゃあそうだよな。ずっと一緒に居たぶん悲しいよな」
「そうだね〜。ここに居ると辛い気持ちになっちゃうから早く外に出ない?」
「了解。行こうか」
結菜だけは悲しませてはダメだ。俺はすぐさま椅子から立ち上がり、スクールバッグを肩に掛ける。
「じゃ、行こっか〜。今日は琉貴がご飯奢ってくれるんだよね」
「ああ、なんでも食わせてやる。何が食べたい?」
「パスタ! パスタの気分!」
「じゃあパスタ食いに行くか」
「やった〜」
結菜は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。いつもの無邪気な結菜が可愛くて、俺は彼女の頭をポンポンと撫でた。
もうこうやって結菜が跳ねる姿も見れなくなるのか。そう思うと胸がギュッと締めつけられる思いになったが、なんとか俺は歩き出すことが出来た。
☆
「ふぇ〜。食べた食べた〜。お腹膨れてもう食べられないよ〜」
「俺も胃が張り裂けそうだ」
イタリアンのレストランでパスタをたらふく食べたあと、俺と結菜は駅のホームにある椅子に座り電車が来るのを待っていた。
今日は結菜と一緒に居られる最後の日なので、俺は駅のホームで彼女を見送ることにした。出来るだけ一緒に居たいから。
「すごく幸せだったなぁ……この一年」
隣に座る結菜がそんなことを口にした。
「高校に入学してから今までか」
「そう。琉貴って感じの一年だった〜。高校に入学してからの日々を漢字で表すなら『琉貴』だね」
「なんじゃそりゃ。普通そういうのって漢字一文字じゃないのか?」
「そっかぁ。漢字一文字だったら『琉』かな? 琉貴の琉」
結菜は自らの手の平に人差し指で文字を描いている。きっと俺の名前の『琉』を描いているのだろう。
「それなら俺は結菜の『結』だな。結菜とずっと一緒に居た気がするから」
「ふふふ〜。琉貴も一緒だね〜」
結菜はご機嫌そうに足をプラプラとさせている。
俺も結菜も互いにずっと一緒に居たと思っているのか。そりゃそうだよな。学校でもずっと一緒。休日もたまに二人で遊びに行く。一週間の九割を彼女と過ごしているようなものだ。下手したら高校に入学してからは、家族よりも結菜と居た時間の方が長いかもしれない。
「あ、琉貴。あとこれあげる」
結菜はそう言うと、ポケットから二つに折られた一枚の紙を取り出した。それを俺へと手渡す。
「うん? なんだこれ」
「中開いてみて」
結菜に言われるがまま紙を開いてみると、そこには見たこともない住所が可愛らしい丸文字で書かれていた。
「……! もしかしてこれって……」
「気付いた〜? 私の新しい家の住所です〜。今日の国語の時間に書きました〜」
「この紙、俺にくれるのか?」
「うん。琉貴にあげるために書いたんだもん」
これが結菜の新しい家の住所か……。この紙だけは絶対に無くしてはダメだな。
「ありがとう。そのうちに絶対に遊びに行くよ」
「寂しくなったらいつでもおいで〜。まあ、私も寂しくなったら琉貴の家に行くけど」
結菜はそう言ってクスクスと笑った。
寂しくなったらいつでもおいでか……そんなこと言われたら、明日にでも行きたくなるじゃないか。
そうこうしていると、眩しい光が俺たちのことを照らした。その光の方を見てみると、いつの間にだか結菜の乗る電車がこちらに近づいて来ていた。
「あーあ。もうお別れか〜」
少し寂しそうな顔をしながら、結菜は椅子から立ち上がった。すると彼女は俺の前に立ち腕を広げた。
「琉貴。バイバイの前にぎゅってして」
きっとこれが結菜の最後のワガママ。
それくらい容易い御用だ。心の中でそう呟きながら、俺は椅子から立ち上がって腕を広げた。
すると結菜が胸に飛び込んで来る。互いに苦しいくらいにぎゅっと抱きしめ合う。
「ありがとね。琉貴。こんな私と仲良くしてくれて」
「それはこっちのセリフだよ。こんな俺と仲良くしてくれてありがとう」
「それとごめんね。私から高校生活はずっと一緒に居ようって言ったのに最後まで居られなくて」
「いいんだ。もう三年分一緒に居た気分だから」
「あはは。そうだね。ずっと一緒に居たからね」
「転校しても楽しい高校生活送ってくれよ」
「うん。琉貴もクラスメイトたちと仲良くね」
「じゃあな。結菜」
「じゃあね。琉貴」
二人で名前を呼びあってから、そっと体を離す。結菜と目が合うと、少しだけ照れくさい気持ちになった。
結菜の背後では電車のドアが開いた。電車から大量の人が出て来る。
「ねえ、琉貴」
結菜がポツリと呟く。
「どうした?」
俺が首を傾げると、結菜は目を細めてくしゃりと笑った。
「琉貴のことずっと大好きだからね」
結菜は掠れた声でそれだけを言い残すと、こちらに手を振って逃げ出すように電車に乗った。
俺も大好きだよ。それを伝えられなかったのが、俺の唯一の悔いだった。
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