願い事

 結菜と澄香と行った祭りが開かれていた近所の神社。その鳥居の下で結菜のことを待つ。

 日付けが変わったばかりでまだ空は暗いというのに、神社は初詣をする人の姿で溢れ返っていた。

 それに神社の境内には、ちょっとしたお祭りかのように屋台も出ている。


「おーい。琉貴ー」


 近所の神社ということもあって今日も知り合いに遭遇しそうだなと考えていると、待っていた人物が階段を上がって来た。

 今日は浴衣姿ではなく、温かそうなベージュ色のコートを着ている結菜だ。


「おう。クリスマスぶり」


「クリスマスぶり〜。元気だった?」


「ああ。めちゃくちゃ元気だ。結菜も元気そうだな」


「ふふふ〜。元気満タンですよ〜」


 俺の目の前に立った結菜は、何段もある階段を上って来たのにまだまだ元気そうだ。


「ここまでは親に送って来て貰ったんだっけ」


「そうだよ〜。この時間だと電車もバスも動いてないからね。送って貰っちゃった」


「なんか親御さんに悪いな」


「ううん! お母さんもお父さんも私を送ったついでにここの神社で初詣して行くから大丈夫だって」


「まじか。この神社に両親も居るんだな。挨拶した方がいいか……?」


「見かけたらでいいんじゃないかな〜。私も琉貴のこと紹介したいし」


 結菜の両親にご挨拶か……想像しただけでも手から汗が出てきそうだ。


「見かけたらだな」


「うん。見かけたら言うね〜」


 緊張するから帰るまで結菜の両親を見かけませんように。そんなお願いを心の中でしながら、俺は結菜に手を差し伸べた。


「それじゃあ初詣行こうか。屋台でも見ながらゆっくりと」


 結菜は差し伸べられた手を見てきょとんとした顔を作ったのだが、すぐに目を輝かせた。


「お〜。琉貴ったら分かってるねぇ」


 結菜は嬉しそうに差し伸べられた手を握った。いつもの温かな結菜の手だ。結菜と手を繋ぐだけで安心してしまう。


「よしっ。さっそく初詣行こ〜う。夜に初詣来たの初めて〜」


 俺と結菜は一緒に歩き始める。二人並んで足並み揃えて。

 周囲にある屋台は祭りの時とは少しだけ違っていた。甘酒やおしるこなどの、初詣らしい屋台ばかりだ。


「琉貴、お腹減ってる?」


「いや、減ってないな。年越しそば食べて来たから」


「なぬ。年越しそばいいな〜。私も食べてくればよかった〜」


「結菜は年越しそば食べない派か?」


「うーん。食べる時と食べない時があるかな。ほら、夜中に食べると太っちゃうから」


「あー、たしかに太るかもな」


「でしょー?」


 なんて他愛もない話をしながら、俺と結菜は境内を進んで行く。するとズラっと人が並んでいる拝殿に到着した。


「先にお参りしちゃうか?」


「そうだね〜。先にお参りしてから、あとでおみくじ引いたり屋台巡ったりしよ〜」


 ということで、俺たちは列に並ぶことにした。

 列の先頭からは、お金が賽銭箱に投げ入れられる音やガラガラと鐘を鳴らす音が聞こえてくる。


「琉貴は何か願い事言ったりするの〜?」


「一応言っておくかな。もしかしたら神様が気まぐれで叶えてくれるかもしれないし」


「いいね〜。やっぱり言うよね〜」


「ってことは結菜も願い事を言っとく派なんだな」


「うん! 毎年『健康で幸せで居られますように』ってお願いしてる〜」


 結菜はニコニコ笑顔でそんなことを言った。たしかに健康で幸せそうな笑顔だ。


「俺も同じようなこと頼むわ。あと欲しいものとかも一応言っておく」


「あはは。図々しいな〜」


「うるせ」


 俺の反応に結菜がケタケタと笑う。その笑顔が可愛くて、彼女の頭に手が伸びそうになった時。


「お、結菜は今からお参りか?」


 通りすがりの男性が声を掛けてきた。結菜の頭を撫でようとした手をすぐに引っ込める。

 白髪混じりで五十代くらいの強面の男性だ。その隣には男性と同じくらいの年齢で穏やかそうな顔をした女性も立っている。


「あ、お父さんとお母さん。もうお参り終わったんだね」


 なにっ。この人たちが結菜のご両親だと……!

 あまり大きくない神社なのでいつかは遭遇するとは思っていたが……こんなに早く遭遇してしまうとは。

 途端に緊張して来たが、背筋だけはピンと伸ばしておく。


「あ、紹介するね。こちらが学校でいつもお世話になっている琉貴です」


 結菜が紹介すると、ご両親の視線が俺に集まった。

 友達の両親への挨拶って何を言ったらいいんだ……? と思いながらも、俺は一応頭を下げてみた。


「堀井琉貴です。結菜さんにはいつもお世話になってます」


 無難な挨拶をしたつもりだったが、無礼はなかっただろうか。そんなことを思いながら顔を上げると、結菜のご両親はニコリと微笑んだ。結菜の笑い方にそっくりだ。


「これはこれは。結菜から沢山お話は聞いてます。結菜と仲良くしてくれてありがとうございますね」


 強面のお父さんから放たれた物腰の柔らかい返答に、俺の緊張は一気になくなった。いい人そうでよかった。


「それで……二人はただの友達同士なんだよね?」


 結菜のお父さんにそんなことを聞かれて、俺は素直に「はい」と頷く。するとご両親の目が、俺と結菜の繋がっている手を捉えた。


「そうか……最近の若い子はこれが普通なのか……」


「友達同士でも手を繋いじゃうのねぇ」


 ご両親は納得したのか、コクコクと首を縦に振った。

 そうか。結菜と手を繋いでいたんだっけ。

 結菜のご両親……これは多分普通ではないですよ……と心の中だけで言っておく。


「ってことで結菜。お父さんとお母さんは家に帰るからな。始発で帰って来るんだろう?」


「うん! 始発で帰る予定だよ〜」


 初詣が終わったあと、結菜は電車が動き始める時間までウチに来る予定だ。そこで仮眠を取ってから、始発で帰ると話していた。


「分かった。琉貴くん、娘のことを頼みました」


「はい。任せてください」


 結菜のことを頼まれた嬉しさから、俺は力強く頷く。それに満足したのか、結菜のご両親もニコリと微笑んでくれた。

 去っていくご両親に結菜が手を振っている。結菜は家族と仲がいいようだ。


「あ、琉貴。私たちの番だよ」


 そうこうしている内に、目の前に並んでいた人が居なくなった。俺たちが参拝する番だ。

 俺と結菜は賽銭箱に十円を入れて、ガラガラと鐘を鳴らす。

 二礼二拍手の際に、目を閉じて神へと願い事を告げる。


 ──これからもずっと結菜と一緒に居られますように。


 それだけをお願いして、俺は一礼をしてからその場をあとにした。

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