サッカー選手並み
「もう……琉貴のいじわる……」
床の上で脱力して寝転がる結菜が、こちらに不満げな顔を向けてくる。
俺のことをからかった結菜のことを、かれこれ一分くらいくすぐってやった。お陰様で俺の気は済んだ。
「俺のことをからかうとくすぐりの形だからな。覚えとけ」
「むぅ……琉貴が日に日に強くなってくよ〜。前の従順な琉貴はどこに行ったんだか」
「従順だった時なんて一度もないと思うけどな」
結菜にからかわれすぎてサンドバッグ状態の時はあったかもだけど、決して従順なワケじゃなかった。多分。
「ってか早くケーキ食べようよ。小腹空いちゃってさ」
テーブルの上に置いてあったケーキの箱を見て、俺はそんなことを口にした。
今の時刻は十八時を過ぎたところ。今日はケーキが夕飯だ。と言っても、クリスマスパーティーが終わったら結菜とラーメンを食べに行く予定なのだが。
「お! ケーキ! 食べる食べる〜」
さっきまで疲れ果てて床で寝転がっていた結菜だが、ケーキと聞きつけて元気よく体を起こした。そのままごくごく自然な動きで、俺のすぐ側に座る。
その距離の近さにドキリとするが、肩と肩が拳一個分くらいは空いているので許すとするか。
「それじゃあオープン〜」
結菜はケーキの箱をゆっくりと開いた。
箱の中にはモンブランとチョコケーキ。それとラズベリーケーキとイチゴのタルトの計四つのケーキが入っていた。
「改めて見ると美味そうだな」
「ね〜。すごく美味しそう〜」
「どれから食べる?」
「うーん。私はイチゴのタルトからかな〜。琉貴はモンブランとチョコどっちから食べるの?」
「俺はモンブランだな。今日の授業中からずっとモンブランの口だった」
「ふふふ〜。モンブラン食べたかったんだね〜」
なんて会話をしながら、俺は用意していた二枚の小皿をテーブルに置いた。俺の小皿にはモンブランを、結菜の小皿にはイチゴのタルトを置く。
「あとこれ、付属のフォークだ」
「ありがとう〜」
俺と結菜はケーキの箱に入っていたプラスチックのフォークを手に持つ。そして互いに目を合わせると、結菜は照れくさそうに笑った。
「それじゃあ食べようか」
「そうだね〜。食べよ食べよ」
「クリスマスって普通にいただきますって言って食べればいいのか? 俺、クリスマスパーティーなんてしたの初めてだから分からなくて」
「うーん。一応名目上はクリスマスパーティーだからね。「メリークリスマス!」でいいんじゃない?」
「え、もしかして俺がそれを言うのか」
「うん。琉貴のあとに私も続くから心配しないで」
「あー、なるほどな。了解した」
せっかくのクリスマスパーティーだしな。ちょっと恥ずかしいけど付き合ってやるか。
「それでは改めまして……メリークリスマス!」
俺の声が部屋の中にこだまする。しかしその後、部屋はシンと静まり返った。結菜の掛け声が返ってこない。一体どうしたのだろうと思い隣を見てみると、結菜が吹き出しそうなのを我慢しながらニヤニヤとした目でこちらを見ていた。
また結菜にはめられた。これでは一人で「メリークリスマス!」と声を荒らげて馬鹿みたいじゃないか。
「ぷぷぷ。琉貴楽しそ〜う」
「お前。またくすぐられたいか?」
「あー! うそうそ! 嘘です! メリークリスマス!」
結菜がオレンジジュースの入ったグラスをこちらに差し出した。
俺は呆れてため息を吐きながら、結菜のグラスに自分のグラスをくっつけた。「チン」とガラス同士が触れ合う。
「結菜って本当に俺のことからかうの好きだよな」
「だって可愛いんだもん。ついからかいたくなっちゃう」
「好きな女子にちょっかいを出す小学生男子みたいなもんか」
「そうそう! アレみたいなもんよ〜」
なんて会話をしながら、俺と結菜はケーキを食べ始める。俺の食べているモンブランは、濃厚な栗の味がして美味しい。
隣でケーキを食べる結菜は「あまーい」と言いながら、幸せそうな顔をしている。隣でこんなに幸せそうにケーキを食べられたら、こちらまで幸せな気分になれる。
「琉貴のモンブランも食べたいな〜」
結菜はそう言うと、「あーん」とこちらに向けて口を開いた。
まだ食べさせてやると言ってないんだけどな……まあいいか。いつものことだし。
「しょうがねーな」
俺は自分のフォークでモンブランをすくい、結菜の口へと近づける。すると結菜は差し出されたモンブランをパクリと食べた。
「んー! すごく美味しい! 栗〜」
結菜は自らの頬に手を当てて、うっとりとした表情を作っている。結菜は甘いものが大好きなのだ。
「お返しに私のタルトもあげるね〜」
結菜はそう言うと、フォークに乗せたタルトを俺の口元へと寄せた。俺は特に何も気にせず、差し出されたタルトを食べた。
タルトの生地はサクサクとしているし、イチゴの甘酸っぱさも相まって最高だ。
「ん、イチゴのタルトも美味いな。甘すぎなくてちょうどいい」
「分かる〜。甘酸っぱい感じね。あー、イチゴ狩りも行きたいよね〜」
「イチゴ狩り行ってみたかったんだよな。来年辺り一緒に行くか」
「おー! 行こう行こう! 多分私の転校先の近くにイチゴ狩りあると思う」
「おー、もう調査済みか」
「ううん。でも田舎だからイチゴ畑ありそうだなって」
「なんだそれ。田舎にイチゴ畑があるとは限らないだろ」
「えー、そんなぁ」
そうそう。結菜が転校するところは、山々に囲まれた田舎だそうだ。以前に結菜が買い物とかが不便そうだと不安がっていたのを覚えている。
結菜の暮らしも今よりは不便になるだろうな。そんなことを思いながらケーキを食べていると、隣からスンスンと鼻をすする音が聞こえて来た。
鼻がつまっているのだろうか。そう思いティッシュを取って結菜に渡そうとすると、彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出していることに気が付いた。
「ゆ、結菜……!? ど、どうしたんだ。あ、もしかして俺がイチゴ畑がないかもなんて言ったから……」
突然泣き出した結菜が心配になって、俺は手に持っていたケーキとフォークをテーブルに置いて彼女の背中をさする。
すると結菜もケーキとフォークをテーブルに置いてから、ふるふると首を横に振った。
「ううん……違うの……琉貴と一緒に居るのがこんなに楽しいのにバイバイしなくちゃいけないと思ったら……急に辛くなっちゃって……」
結菜は自分の胸をぎゅっと抑えつけながら、声を殺してすすり泣いている。
「結菜……」
俺はどうすることも出来ず、ただ結菜の背中をさすってやるだけ。
「ずっと琉貴と一緒に居たい……琉貴といっぱい遊びたいのに……」
結菜は口元に手を当てて、肩を震わせながらしゃくり上げて泣く。
俺も結菜と同じ気持ちだ。まだまだ結菜と一緒に居たいし、もっと二人で色々な景色を見たい。でも結菜が親の都合で転校してしまうなら、それは仕方のないことなのだ。
「俺も結菜とまだまだ一緒に居たいよ……」
「ごめんね……ごめんね……私のせいで……」
「結菜のせいじゃない。誰も悪くなんてないから」
結菜は辛そうに胸をぎゅっと抑えている。
苦しそうな彼女を見て背中をさするだけじゃ耐えられなくなり、俺は結菜のことを力強く抱きしめた。すると結菜も俺の背中に腕を回す。
「ずっとずっと一緒に居たい……こんなに琉貴のことが好きなのに……なんでバラバラにならなくちゃいけないの……」
結菜は俺の胸に顔を埋めながら、震えるようにして泣いている。
「俺も結菜のことがこんなに好きなのにって何回も考えたよ……でも親の都合なら仕方がないよ……だって俺たち高校生じゃん。親が居ないと何も出来ないただの子供だよ」
「そうだけど……自分じゃ何も出来ないのが悔しくて……」
「俺たちがもう少し大人だったら……二人で一緒に居られる方法があったのかもな……」
結菜のことを抱きしめながら、背中をポンポンとさする。結菜は鼻を鳴らしながら、声を押し殺して泣いている。
結菜の泣いているところを初めて見た。
勝手に自分よりも結菜の方が大人なのだと思っていたけれど、彼女も俺と同じ高校一年生の子供だ。辛ければ泣く。当たり前のことだ。
「何も出来なくてごめんな……」
そう言って結菜を強く抱きしめた時、部屋のドアが勢いよく開いた。
「おにいー。結菜ちゃん来てる…………の……?」
ドアを開けた犯人の正体は、友達とクリスマスパーティーに行っていたはずの澄香だった。
俺と澄香の目がばっちりと合う。しかしすぐに、澄香の視線は俺の腕の中で泣く結菜へと移った。涙を流す結菜と、目を白黒とさせる澄香の目がばっちりと合う。
「お、おい……澄香……絶対に勘違いしてると思うけど……」
言い訳をしなければ。そう思ったのだが……澄香はすごい形相で部屋の中へと入って来た。そしてそのまま、サッカー選手のように足を振り上げる。
「おにい! いくらクリスマスだからって無理矢理そういうことするのは最っ低!」
部屋に入って来た澄香の蹴りが、俺の顔面を直撃したのだった。
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