二人の距離

 ケーキを買ったのち、俺の家にやって来た。


「ただいま」「おじゃましまーす」


 二人で家に上がり、俺の部屋がある二階へと直行で向かう。


「おー、綺麗にしてるね〜」


 俺の部屋に入るなり、結菜がそんな感想を口にした。

 俺の部屋にはベッドと勉強机と本棚、それと部屋の真ん中にはローテーブルが置いてある。六畳ほどの広さのため、二人で過ごす分には十分だ。


「そりゃあ結菜が来るからな。頑張って掃除したわ」


「あはは。そっかそっか。なるほどね〜」


「適当なところ座ってくれ」


「はーい」


 結菜はちょこちょこと歩いて行くと、ローテーブルを前にしてちょこんと座った。彼女が腰を下ろしたクッションは、昨日のうちにリビングから持ってきたものだ。


「ちょ、ちょっと飲み物取ってくるわ」


「わー、ありがとう〜」


「待っててくれ」


 俺はそれだけを言って、自分の部屋をあとにした。

 階段を降りて一階のリビングに行き、冷蔵庫からオレンジジュースを選んでグラスに注ぐ。


 やばい。やばいやばいやばい。

 俺の部屋に結菜が居るんだけど……いや、そりゃあ俺の部屋でクリスマスパーティーをするから結菜が居るのは当然なんだけど……なんというか、俺の部屋に可愛い女の子が居ることがやばい。


「よくよく考えてみると……部屋に結菜と二人きりだもんな……」


 旅館の時も結菜と部屋に二人きりだったが、今は事情が違う。

 旅館の部屋よりも狭いかつ、俺の生活スペースに結菜が居る。


「俺……我慢出来るか……?」


 自分で自分に問いかける。

 旅館の時はなんとか我慢出来たが、あの時でもギリギリだ。もしも今日、結菜と一線を越えることがあったら……


「い、いかんいかん。変なことばっかり考えるな。俺」


 またまた自分にそう言い聞かせて、俺はオレンジジュースの入ったグラスを持って階段を上って行く。


「あ、琉貴〜、おかえり〜」


「おう。オレンジジュースでよかったか?」


「うん! オレンジジュース好き〜」


 俺はオレンジジュースの入ったグラスをローテーブルの上に置き、結菜と少しだけ距離を空けて座る。と言っても、腕を伸ばせば届いてしまうくらいの距離だ。だが──


「ん、なんでそんな遠くに座るの〜?」


 わざわざ距離を空けたことが結菜にはバレてしまった。


「え、い、いや……そんなに遠かったか?」


「遠いよ〜。いつももっと近くに居るじゃん」


「そ、そんなことはないだろ。これが普通だ」


 近づいてしまったら変な気分になっしまう可能性があるので、俺は出来るだけ結菜と距離を空けて座りたいのだが……。

 結菜はぷくっと頬を膨らませると、お気に召さないとでも言いたげな顔を作った。


「とーおーいーよー。もっと近くに来てよ。寂しいじゃん」


「そ、そうは言ってもな……」


「むぅ……なにか問題ですか〜?」


「うぐっ……問題と言われれば問題な気がしなくもないし……なんていうか……その……」


 高校に入学してからずっと一緒だった友達に今更「我慢出来なくなりそうで……」なんて言うことが出来ず、俺はごにょごにょと言い訳を考えるばかりだった。

 そんな煮え切らない俺を前にして痺れを切らしたのか、結菜は不意に立ち上がった。結菜は腰に手を当てて、こちらを見下ろして来る。


「琉貴がそんな態度を取るなら私にだって考えがあるからね」


「考え……ですか……」


 もしかして気を悪くしてしまっただろうか。そりゃあいつもよりも距離を空けられたら、いい気はしないよな。しかもクリスマスという特別な日に。


「ま、待ってくれ……!」


 このままでは結菜が帰ってしまうかもしれない。そう思い呼び止めようとすると、ぷんぷん顔の結菜はこちらへと近づいて来た。


「琉貴から来ないなら私からくっつくから」


 結菜はそう宣言をすると、俺のすぐ隣に腰を下ろした。お互いの肩と肩がぎゅっと密着する。それだけで俺の心臓はドキドキと鼓動を早くする。


「ふふーん。これでいいのだ〜」


 俺とくっついて機嫌を取り戻したのか、結菜は笑顔に戻った。

 いやこれ……いつもよりも近いんですけど……。もう密着しちゃってるし……。

 きっと今の俺の顔は真っ赤だ。絶対に顔を見られたくない。そう思っていたのに、結菜が俺の顔を見上げた。


「あれ〜? お顔が真っ赤だよ〜? もしかして自分の部屋で私とくっつくと変な気が起きちゃうかもしれないからって、わざと私と距離を空けてたのかな〜?」


 全部図星だった。きっと結菜は最初から、俺が距離を空ける理由を知ってたんだ。知ってる上でこんな密着してくるなんて……コイツはほんとにもう……。


「お前な……こんな密着してただで済むと思ってるのか?」


「えー? 琉貴は優しいからな〜。きっと優しく頭を撫でてくれるんだろうな〜」


 結菜はニヤニヤと笑いながら、こちらにズイと頭を向けた。どうやら撫でろと言っているようだ。

 コイツ……完全に調子に乗ってるな……。


「今日の俺はいつもの優しい俺じゃないからな」


「え?」


 舐められたままじゃ終われない。クリスマスくらい、俺が主導権を握ってやる。

 俺はその一心で結菜の脇腹に指を当てて、思い切りくすぐる。


「うわぁ! あははははははは! ギブギブ! 琉貴ごめんって! あははははははは!」


 体がビクリと跳ねるなり、結菜は我慢出来ずに床に転がった。暴れる結菜の脇腹をこれでもかとくすぐる。


「男の理性をもてあそんでごめんなさいは?」


「ごめんなさいごめんなさい〜! 男の子の理性をもてあそんでごめんなさい〜! あははははははは!」


 笑い転げる結菜。人をくすぐるのってこんなに楽しいんだな。

 結菜をくすぐるのに夢中になっている内に、俺の崩れかけていた理性は正常なものに戻っていた。

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