ケーキ屋さん

 結菜が引っ越してしまうのは悲しい。結菜の口から転校が告げられた当初はそんな気持ちが続いていたが、三ヶ月を過ぎた今ではだいぶ落ち着いてきた。

 親の転勤なら仕方がない。そう思えるようになった。

 だから今は、とにかく結菜との思い出を作ろうと決めた。


「んふふ〜。ケーキ〜、ケーキ〜♪」


 学校からの帰り道。隣を歩く結菜は機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。


「クリスマスだからケーキ屋も混んでそうだな」


「だね〜。私たちみたいに学校帰りにケーキ買って行く人も多そうだね〜」


「あとは会社員とかか」


「そっか〜。仕事終わりに家族に買って行ったりね〜」


 そう。今日はクリスマス当日。そんでもって今日で学校が終わり、明日から冬休みに入る日だ。

 結菜とは前々からクリスマスパーティーを一緒にしようと言っていたので、今日は俺の家でそれを決行する。両親はどちらも仕事で遅くなるそうだし、妹は友達とクリスマスパーティーをするらしく出掛けているので、今日は家に誰もいないのだ。


 そうこうしている内に、甘い匂いが鼻をくすぐった。学校の近くにある小さなケーキ屋に到着した。


「わ〜、甘い匂い〜」


「ここが学校から一番近いケーキ屋らしいな」


 洋風なデザインをした建物の入口には、デカデカと『メリークリスマス』と書かれた張り紙が貼ってある。


「琉貴よりも早くケーキ屋さんに入っちゃお〜」


 結菜はルンルンとしながら、ケーキ屋のドアを開いて中に入る。俺も彼女のあとを着いて行って、ケーキ屋に入った。


「わー、いっぱいあるよ〜」


「そうだな。選び放題だ」


 ショーケースの中には色とりどりのケーキがズラっと並んでいる。

 クリスマスなのでホールケーキがメインなのかもしれないが、俺たちはカットケーキを買う予定だ。


「琉貴はなんのケーキが好き〜?」


「モンブランとかが好きかな。結菜は?」


「私は甘酸っぱめのケーキが好きかな〜。ラズベリー系って言うの?」


「へえ……あ、ラズベリーケーキあるぞ」


「嘘! どこどこ?」


 ショーケースにあるラズベリーケーキを指さすと、結菜が俺にぎゅっと密着した。少しドキリとしたが、もう慣れっこだ。


「ほんとだ〜。私絶対にこれにする〜」


「ひとつは決まりだな。あともう一つくらい選んだら? 結菜結構食べるし」


「ぶー、あんまり女の子にそういうこと言うもんじゃないよ〜。でもケーキ二つくらい食べれるけどさ」


 結菜は頬を膨らませながらも、もう一つのケーキを選び始めた。俺も結菜と並びながらケーキを選ぶ。

 それから三分くらい悩んだ末……。


「すいません。いいですか?」


 俺と結菜はケーキを選び終えたので、店員さんを呼んだ。店員は笑顔で「大丈夫です」と口にすると、トングを手にした。


「俺はモンブランとチョコケーキで」


「かしこまりました〜」


「私はラズベリーケーキとイチゴのタルトで〜」


「かしこまりました〜」


「以上で」


 合計四つのケーキを購入した。店員は手早くケーキを箱に詰め始める。

 するとガララと店内のドアが開いた。どうやらお客さんが入って来たようだ。


「あれ? 結菜ちゃん? 琉貴くんも居る!」


「ほんとだ」「あ、結菜ちゃーん」「あれ、偶然〜」


 店内に入って来たお客さんは、俺と結菜の名前を口にした。その声に結菜と二人で振り向くと、そこにはクラスメイトの女子が四人居た。


「あ〜! みんなもケーキ買いに来たの〜?」


 結菜が女子たちに混ざりに行く。

 クリスマスにケーキ屋でクラスメイトたちに会うのは気まずいな……と俺は思ったのだけれど、結菜は平気なようだ。

 俺は一応女子たちに会釈をしてから、店員の方に向き直る。


「もしかして結菜ちゃんも今からクリスマスパーティーするの?」


「そうだよ〜。今からクリスマスパーティーするんだ〜」


「もしかして琉貴くんと二人で?」


「そうそう。琉貴の家でクリスマスパーティーするの〜」


 結菜がそう言っただけで、女子たちからは「きゃー」と興奮の悲鳴が聞こえて来た。

 そりゃあ男の家でクリスマスパーティーなんて言ったら、色々と勘違いされちゃうよな。


「ケーキ四点で合計二千五百円になります」


「あ、はい」


 結菜が女子たちと盛り上がっている間に、会計をしなければいけなくなってしまった。

 でもまあ結菜にはいつも世話になってるし、たまには奢ってやるのもいいか。それにここで奢っておけば、クラスメイトの女子からの株も上がりそうだし。


「二千五百円ですね……」


 財布から千円札を二枚と五百円玉を取り出して店員に渡す。


「え、もしかして琉貴くんがケーキ奢ってくれるの?」


「いいなー。私も琉貴くんみたいな彼氏欲しい〜」


「いや、彼氏が居ないからアタシたち四人で悲しくクリパするんじゃん」


「それ言えてるー」


 後ろから女子の話し声が聞こえてくる。どうやら俺の株も少しだけ上がったようだ。よかったよかった。


「それではこちらケーキになります。お早めにお召し上がりください」


「はーい」


 俺は店員からケーキの入った箱を受け取る。

 ちょっと気まずい気持ちになりながらも、そのまま女子たちの元へと歩み寄る。


「結菜。行こうぜ」


「うん! じゃあねみんな〜」


 結菜は俺の隣に立つと、クラスメイトたちに手を振った。


「羨ましいクリパ楽しんでね!」


「結菜ちゃんばいばーい。琉貴くんもじゃあね〜」


「冬休み明けたらクリパどうだったか聞かせてね!」


「くっそー。羨ましい〜」


 女子たちに見送られながら、俺と結菜はケーキ屋をあとにした。

 外に出た瞬間、鋭い寒さが全身を襲う。


「お会計任せちゃってごめんね〜。いくらだった? 半分出す〜」


「ああ、いいんだ。ここは俺が奢るから」


「え! なんでさ!」


 結菜は驚いたように目を大きくさせる。彼女の手にはすでに財布が持たれていた。


「結菜にはいつも世話になってるし、たまには奢っやろうかと思ってさ」


 照れ混じりにそう言うと、結菜は口元に手を当てながらぴょんぴょんと跳ねた。


「やったー! 嬉しい〜。琉貴からのクリスマスプレゼントだ〜」


「たしかにクリスマスプレゼントだな。俺からのクリスマスプレゼントだと思っておいてくれ」


「そうだね〜。じゃあ私もお返ししないと〜」


 結菜はそう言うと、スクールバッグの中に手を突っ込んだ。かと思えば、スクールバッグの中から紙袋を取り出した。


「ん? なんだそれ」


 何をしているのだろうと思いながら見ていると、結菜は紙袋を開いて中から青色の布のような物を取り出した。


「本当は琉貴の家に着いてから渡そうと思ったんだけど〜」


 結菜はそう言いながら、その布を俺の首に巻き付けた。寒かった首元が一瞬にして温まる。


「じゃーん。クリスマスプレゼントにマフラー買って来ました〜」


「え、まじで? このマフラーくれるの?」


「うん! 私からのクリスマスプレゼント〜」


 どうやら結菜は事前にクリスマスプレゼントを買ってくれていたらしい。

 なんだこれ……めちゃくちゃ温かいし嬉しいんだけど……。


「まじか。めちゃくちゃ嬉しい。ありがとな」


「いえいえ〜。大事にしてくれたまえ〜」


「あ、でもごめん……俺、結菜に何もクリスマスプレゼント買ってないんだけど……」


 こんなことになるなら、結菜に何かプレゼントを買っておいてやるべきだった。そこまで頭が回らなかったのが悔しい。

 しかし結菜は笑いながらヒラヒラと手を振った。


「琉貴にはケーキ買って貰ったからいいんだよ〜。それに──」


 結菜はそこで言葉を区切ると、俺の顔を覗き込んだ。


「私が転校しても、そのマフラーで私のことを思い出してくれたら嬉しいな〜って」


 結菜はニコリとはにかんだ。その笑顔を見て、俺は思わず彼女の頭を撫でる。


「忘れるわけがないだろ。結菜のことは一生覚えてるからな」


 それを聞いた結菜は驚いたように一瞬だけ目を大きくさせたが、すぐに嬉しそうに笑顔を作った。


「私もだよ。琉貴のこと忘れない」


 そのセリフがとても愛しいものに聞こえて、俺はこの場で結菜のことを抱きしめてやりたくなった。

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