ぶどう狩り
電車に乗って三駅ほどの場所にある果樹園にやって来た。
ここの果樹園ではぶどう狩りの他にも、梨やリンゴや桃狩りが出来るそうだ。けれども俺たちは迷わずぶどう狩りを選んだ。
「すご〜い。ここにあるぶどう全部食べていいんだ〜」
ぶどう園に入るなり、結菜はキラキラと目を輝かせた。
上を見上げてみると、手が届く位置にぶどうの葉の天井が広がっている。そのところどころには、白い紙に包まれたぶどうが実っている。この白い紙を破いて、中からぶどうを取って食べていいらしい。
「意外と人も居るんだな」
俺たちの他にも数組の客がぶどう狩りを楽しんでいるようだ。
「だね〜。早く食べないとぶどう取られちゃうよ」
「そんなに急がなくても大丈夫だろ。百人くらいが居ても食べきれないくらいのぶどうがあるから」
「ふふふ〜。それもそうだね〜。よーし、ぶどう食べるぞ〜。切って欲しいぶどうがあったら遠慮なく言ってね」
結菜は支給されたハサミを取り出して、ニコニコ笑顔を作った。
「どうせなら大きいの食べたいよな」
「そうだね〜。スーパーに売ってないくらい大きいぶどうが食べたい」
「じゃああそこにあるぶどうはどうだ?」
「ん? どれどれ?」
俺が指をさしたのは、他よりも大きな紙に包まれているぶどうだった。紙に包まれているので中身は見えないが、相当デカいだろうと見た。
「たしかに大きそう! さっそく取ってみよ〜」
スキップをしながらそのぶどうに近づくと、結菜は背伸びをしてハサミを枝に近づけた。パチンと音が鳴ると、見事にぶどうを収穫出来たようだ。
「無事に取れたみたいだな」
俺も遅れて結菜へと近づく。結菜は自分の力で取った、紙に包まれたぶどうをこちらへと見せつける。
「ずっしりとしてて重いよ〜。絶対に大物だ」
「まじか。紙破いてみようぜ」
「うん! 破いてみるよ〜」
白い紙をビリビリと破くと、中からは大きな黒い粒が光るぶどうが現れた。
「うおっ。でっか」
「大きいね〜。当たりだよ〜」
スーパーで見かけるぶどうなんかよりも、ふた周りくらいは大きいだろう粒が実っている。この一房だけでもお腹いっぱいになってしまいそうだ。
「さっそく食べてみよーう」
結菜はご機嫌そうにそう言うと、ぶどうの粒を一つ摘んで口の中に放り込んだ。
ここのぶどうは皮ごと食べられるらしい。
「ん! すっごく美味しい! 甘い〜幸せ〜」
自らの頬に手を当てながら、結菜はうっとりとしている。相当美味しいのだろう。
「そんなに美味いのか」
「これは美味しいよ〜。琉貴も食べて食べて」
結菜はそう言うと、ぶどうを一粒つまんで俺の口へと近づけた。俺が口を開くと、結菜がぶどうを食べさせてくれる。ぶどうを食べた時に結菜の指が唇に当たったが、噛まなくてよかった。
「ん、うまっ。これは美味しいわ」
「ね、すごく美味しいよね。んー。手が止まらなくなっちゃう〜」
結菜は幸せそうな顔をしながら、次々とぶどうをつまんで口に放り込んで行く。そしてたまに、俺にもぶどうを食べさせてくれる。
ぶどうくらい自分で食べられるんだけどな……と思いながらも、今のところは結菜に甘えるとしよう。
「あのー、すいません。そこのカップルさん」
立ちながら結菜とぶどうを食べていると、後ろから声を掛けられた。二人で後ろを振り返ってみると、そこにはエプロンを掛けた白髪のおじいさんが立っていた。
「あ、はい」「なんでしょう〜?」
カップルではないんだけどな。なんてことを思いながらも、俺と結菜は首を傾げる。
するとおじいさんは、目尻にシワを作って微笑んだ。
「わたくしここの農家をしております林田(はやしだ)と申します」
どうやらここの農家さんだったようだ。俺と結菜は安心して話を聞く姿勢を取った。
「ここの農園では、お客さんが果物狩りを楽しんでいる様子を毎日エスエヌエスにアップしているのですが……あなた方はとても楽しそうにぶどうを食べてくれていたので、どうかその楽しんでいる姿を写真に収めさせてくれないかと思いまして……」
おじいさんはそう言うと、手に持っていたカメラを俺たちに見せた。
「俺たちの写真をSNSにアップするってことですか?」
「ええ、もし嫌じゃなければ……」
俺と結菜は互いに顔を合わせる。そして小声で会議を始めた。
「だそうだ。どうする?」
「私と琉貴のツーショットでしょ?」
「そうだな。ぶどうを持って写真取るくらいじゃないか?」
「それをSNSに上げると」
「そうみたいだ」
「そんなの……」
「決まってるよな」
俺と結菜は目の前に立つおじいさんへと再度顔を向ける。それから満面の笑顔で。
「是非ともお願いします」「私たちでよければ〜」
もちろんオーケーだった。結菜とのツーショットが果樹園のSNSに上がるなんて、楽しみすぎてならない。
おじいさんは「ありがとうございます」と物腰柔らかく頭を下げた。
「どんなポーズにする〜?」
「うーん……主役は俺らじゃなくてぶどうだし」
「二人でこのぶどう持とうか?」
「そうだな。そうするか」
結菜と肩をくっつけるようにして、さっき収穫したぶどうを二人で持つ。ふと結菜と目が合い、互いに笑いかける。
「それでは撮らせていただきます」
おじいさんはカメラを構える。
俺と結菜はさらに肩を密着させる。
自然と湧き出た笑顔を浮かべると、おじいさんも釣られて笑顔でシャッターを切った。
撮って貰った写真を見せてもらうと、カップルに間違えられるのも無理ないねと結菜と一緒に笑い合うことになった。
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