来年は絶対に

「おはよー」


 今日も勉強尽くしの一日が始まる。

 クラスメイトたちと朝の挨拶を交わしながら、自分の席に着席する。ふと前を向いてみると、結菜の席には誰も居なかった。まだ結菜は登校していないらしい。


「ふあぁ……」


 大きなあくびをこぼしながら、俺はスクールバッグに入っていた教科書類を机の中にしまっていく。


「おはよ〜」


 勝手に閉じそうになる瞼をギリギリのところで開きながら作業をしていると、いつものゆるふわな声が聞こえてきた。

 その声にはっと顔を上げると、結菜が教室に入って来たところだった。結菜はクラスメイトたちと挨拶を交わしながら自分の机に荷物を置くと、真っ直ぐこちらへと歩いて来る。

 結菜が来た。そう思っただけで眠気が吹き飛んだ。


「琉貴もおはよ〜」


「おー、おはよう」


 机の前に立った結菜と笑顔を向け合う。


「昨日のお祭り楽しかったねぇ」


「そうだな。秋祭りだっただけあって涼しかったし、久しぶりに祭りを満喫した感じだよ」


「私も〜。いっぱい美味しいもの食べれて幸せだった〜」


「結菜は食べ過ぎだけどな。ずっと何かしら食べてたろ」


「うぐっ……そ、そうだけどぉ……お祭りだから許してよ〜」


「ははは。しょうがないから許してやるか」


 いつもの調子の会話。だけども少しだけいつもと違う気がする。結菜のテンションがいつもよりも僅かに低い気がする。ごくごく僅かな違いだから、俺の勘違いかもしれないけど。


「結菜。体調悪いか?」


 でも確認せずにはいられなかった。もしも俺の思い過ごしだったとしても、それはそれでいいことだと思ったから。

 しかしそれを聞かれた結菜はギクリと肩を震わせた。


「え、ど、どうしてそう思ったの?」


 おまけにめちゃくちゃ噛んでるし。これは何かあったに違いない。


「いや、なんとなくいつもと様子が違うなって思って」


「そ、そうかなぁ。平常運転だと思うけど……」


「俺の目には元気ないように見えるけど」


「えー、私は元気だよぉ」


「その声がもう元気なさそうなんだよなぁ」


 その指摘にまたも結菜がギクリと肩を震わせた。分かりやすいったらありゃしない。


「で、何かあったか?」


 きっと結菜の身に何かあったに違いない。

 結菜のためだ。力になれることがあれば何でもしよう。そう思っていたのだが。


「う、ううん! 本当になんでもないの! じゃ、じゃあ私は授業の準備があるから戻るね〜。今日も一日頑張ろ〜」


 まくし立てるようにして言うと、結菜はこちらに手を振りながら自分の席へと戻って行った。自分の席に着席すると、結菜はせっせとスクールバッグの中から机の中に教科書を移し始めた。


「……怪しいな」


 なんでもゆっくりと作業をする結菜があんなにキビキビ動くなんて。

 結菜の身に何かがあった。そう確信が持てたのだが、結菜はなんでもないと言い張るだけ。

 何かがあったことは確かなのに、それが何なのか教えてくれない。

 少しだけモヤモヤとした気分の中、俺はスクールバッグを机の脇に掛けた。


 ☆


「あ、そうだ。前に言ってたフルーツ狩りどうする〜?」


 昼食を食べ終えた俺と結菜は、飲み物を買うために自販機を目指して歩いていた。

 昼休みで賑わう校内を結菜と並んで歩く。


「そういやそんなこと言ってたな。俺はいつでもいいけど」


 結菜と温泉に行った時に、二人でフルーツ狩りに行こうと約束していたのを忘れていた。


「じゃあ今週末がいいな〜」


「今週末か。早いな」


「え、早かった? もうちょい後の方がいい?」


「いや、今週末に行こう。ただ思ったよりも早くて驚いただけだ」


 早くても来週あたりだと思っていたので、今週と言われて少しだけ驚いた。そんなにフルーツ狩りに行きたいのだろうか。


「そう? じゃあ今週末で決まり〜。なんのフルーツ狩りに行こっか」


「そうだな……今の季節と言えばぶどうとか梨とかか」


「あとはリンゴとかみかんとか?」


「みかん狩りなんてあるのか。初めて聞いたわ」


「少し前にテレビでやってたよ〜。みかん狩りもあるんだって〜」


 結菜は笑顔を浮かべながらこちらを見上げた。その笑顔が可愛くて、思わず頭を撫でてしまった。サラサラとした女の子の髪を手の平で感じる。

 いきなり撫でられた結菜だが、驚く素振りは見せずに目を細めて嬉しそうにしている。

 もうお互いに触れられるのは慣れっこになってしまった。


「じゃあ候補は四つだな。梨。ぶどう。リンゴ。みかんのどれかだ」


「うーん、琉貴はどれがいい?」


「そうだなあ……梨かぶどうかみかんで」


「ふはは。リンゴ予選落ちか〜」


 結菜は楽しそうにケタケタと笑った。

 朝は少しだけ変だった結菜だが、時間が経つにつれていつもの彼女に戻って行った。今では平常運転の結菜だ。


「リンゴはよく食べるからな。どうせならあんまり食べないのが食べたい」


「そっか〜。そうなるとその三つなんだね」


「結菜はその四つの中だったらどれがいい?」


「私はぶどう狩りに行きたいかも〜」


「ほう。理由とかあるのか?」


「単純に四つの中で一番好きだからかな。あと梨とかはいちいち皮むかなくちゃいけなくて面倒だけど、ぶどうはそのまま口に入れられるって理由もある」


「あー、そっか。梨は皮むかないと食べれないもんな。じゃあぶどう狩りに行くか」


「やった〜。今週末はぶどう狩り〜」


 ぶどう狩りが決定すると、結菜はぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。

 そんなこんなしている内に、目的地だった自販機の前に到着した。


「あ、梨のジュースがあるぞ」


 自販機のラインナップが新しくなったらしい。秋仕様になっているようだ。


「ほんとだね〜。惜しくもふどうに負けた梨だよ〜」


「しょうがない。梨のジュース飲むか」


 散々フルーツの話をしていたので飲みたくなってしまった。俺はお金を入れて梨のジュースを購入した。


「奇遇だね〜。私も梨のジュースにしようと思ってたんだ〜」


 結菜もお金を入れると、梨のジュースのボタンを押した。取り出し口からペットボトルを取り出すと、結菜は嬉しそうにはにかんだ。


「今思ったけど梨狩りもいいな。来年は梨狩りに行こうか」


「そう……だね」


 ふとそんなことを口にしてみたのだが、結菜からは歯切れの悪い返事が返って来た。

 てっきり「そうだね〜」と気の抜けた返事が返ってくると思っていたので、軽く肩透かしにあった気分だ。

 どうしたのだろうかと思い、隣に立つ結菜の方を見てみる。そこでは結菜が思い詰めた表情をしたまま、手に持ったペットボトルをじっと見つめていた。


「結菜? 大丈夫か?」


 結菜の思い詰めた表情を見て、なんだか心配になってしまった。結菜がこんな顔をするのは初めてだ。

 しかし結菜はハッと我に返ると、いつもの笑顔でこちらを見上げた。


「あ、うん! 大丈夫だよ〜。ちょっとボーッとしてただけだから」


 あははと誤魔化すように笑うと、結菜は手に持っていたペットボトルをぎゅっと握った。


「来年、絶対に梨狩り行こうね」

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